【第6話:極限搾取】異世界で勇者(底辺労働者)やってるが、ブラック企業なうえ魔王討伐が禁止な件

第6話
「極限搾取」

――嘘を平気でつくヤツは、実は非常に多い。

”誰が・いつ・どこで・何をした” という事実ベースの嘘はバレたら、明確に悪者認定されるリスクが非常に高い。

なので、嘘をつくヤツは少ない。

しかし、バレるリスクが低い・バレてもいくらでもごまかせる意見・解釈ベースの嘘は、平気でつく奴が多い。

 

――理解していた筈だ!

ましてや、ブラック企業の人間となればなおさらだ。平然と!ニュートラルに!……嘘をつく、と。

 

……だが、ジワジワ上っていく労働負荷に、思考力が消耗してしまい、判断力が低下していた。

過去に自分に戒めたはずの、自己防衛ができていなかった!

なにが…… ”君は、一番楽なポジション” だ!!

……悪魔め!!

 

――その日の作業終了時刻から30分後。

ロードは、いつもの帰宅ルートから外れ、とある滝の前に立っている。

今日感じた殺意……6秒間我慢した。冷静になった。

だが……抑えつけた怒りは、決して消滅したのではない。

心の深奥に濃縮された邪気として、確実に溜まっているのを感じていた。

 

ロードは、周りを見渡して、誰もいないのを確認する。

そして、あの時を思い出す。あの瞬間に感じた怒り・殺意を鮮明に思い出そうとする。

そして、思いっきり叫ぶ。

「っざけんなああああ!!」
「くたばれええええええ!!」
「くそがああああああああ!!」

邪気にまみれたロードの叫び声は、滝と岩の衝突音に紛れていく。

まだだ。まだ、全然 怒りが収まらない。

ロードは、周りを見渡し、岩壁に向かって歩いていく。

表面が比較的滑らかな箇所を探す。

-ゴッ-

ロードは、自身の右拳を……岩壁に撃ちつけた。

右拳の先端から発せられる激しい痛みが、ロードの邪気を覆い隠していく。

再び、右拳を構えるロード

-ガッ-

再度、鈍い音が響く。

……痛い。

左手とローテーションでやるか。

3発。
4発。
5発。
6発。
7発…………………。

 

――その30分後。

「……痛ってえ……」

寮に帰宅したロードは、顔を歪ませていた。

岩壁に撃ちつけた両拳から、血が滲んでいる。

じんじん とした痛みが、時間差でロードを襲う。

拳を握ると、ぎしぃ、と骨が軋む感覚を感じる。

頭の中では、まだ邪気が、巨大な怒りのエネルギーが渦巻いている。

もし、こんな日々に適応してしまったら、感覚が麻痺してしまったら……

自分の邪気すらも自覚できなくなり、人として大切な何かが欠落していくのだろう。

 

…………もう、しんどい。辛い。

毎日毎日、極限まで身体を酷使し続ける毎日。

家に帰ったら、飯食って風呂入って寝るだけ。

毎日毎日、はちきれんばかりの硬度を発揮していたムスコも、疲労でげんなり。アレは不要。

もう、限界だ。

 

――翌日。

慌ただしく動くロードの視界に、いつもとは違う光景が映った。

雑魚モンスター達が行進してこないポジションが……多い?

上流工程でなにか問題が発生したのか、雑魚モンスターの行進が中断されており、勇者たちは 手を持て余している様だ。

……だが、ロードは慌ただしく動き続ける。

ぶつぶつと、つぶやき続けている。

「次は……モンスター撃退用の武器を取りに行く途中で、調合されているであろう黒魔術用の5種類の液体を確認しつつ、その材料の減り具合を確認。
武器庫に取りに行き、それを各所に届ける……7往復くらいで済んだら御の字だ

……上流工程の問題が解決してモンスター達が行進を再開する前に、できるだけ遅れを取り戻したい!」

ロードは、今日こそは、昼休みをしっかり40分フルに休みたい!……と、己に誓った。

昨日は……いや、2日前も3日前もだが……
10分以上遅れて食堂に行ったら、不人気メニューしか残ってなかったし、売店にデーモンエナジーを買いに行く時間がなくなるリスクがある。

デーモンエナジーは、俺という存在の――生命線に等しい。

 

ダメだ……頭がボーッとする……

「てめえええ!これ!やる意味ある!?先に!!」

粘着勇者が、何か言っている……声がデカい。

ロードは、朦朧とする意識の中、粘着勇者の顔に視線を移す。

「……えっ………………」

粘着勇者の動きが、びたっ、と静止した。

 

”…………えーと、優先順位は……合ってるよな……。
つーか そもそもこの人、この作業の経験すらないよなぁ。
じゃあ……何について文句 言ってるんだろう?”

鈍重な思考をするロードのジトッとした視線に、粘着勇者は目を丸くしている。

ロードは、粘着勇者が目を丸くしたことに、違和感を持つ。
違和感の原因がわからないので、とりあえず注視を続ける。

「あっ……まぁ……がん……ばっ……」

粘着勇者は、そそくさと自分のポジションに帰っていった。

”…………ああ、俺が怒って睨んだと勘違いしたのか”

……もう、怒る気力など……無いのに。

 

粘着勇者は、まるで十数年来の親友に裏切られたかの様な……生気が抜けた表情を浮かべている。

”カースト外にいる俺は、同僚たちの陰口のターゲットにされているんだろう”
”カースト下位のヤツほど、精神的に余裕がなくて、露骨に攻撃的になるよな”
”カースト上位のヤツは、遠回しに ひねりを加えて一見友好的な態度を取るが、陰口中に俺が現れると、気まずそうにするよな”

そんな思考がロードの脳裏にめぐる。

 

上司からは労働力を、同僚からは尊厳を、搾取されていく。

頑張れば頑張るほど、多角的に搾取されていく。

労働力だけでなく、尊厳すらも搾取されていく。

”人間関係は鏡” って真理だな。左右反転の鏡。

「俺って……何のために生きてんだろう?」

ロードは、晴れわたる美しい青空を……恨めしそうな表情で睨みつけた。

 

 

――繁忙期突入から、2週間ほど経過した。

毎日毎日、極限まで心身を酷使している。

朝は、身体が ”もっと休ませろ!” と大声で訴えているのを感じるが、それを捻じ伏せて起床・出勤。

昼休みに1本、その後の10分休憩に1本、計2本のデーモンエナジーを身体にぶち込む。

強烈に甘い炭酸水が、疲れ切った体に行きわたっていく。

みるみる力が湧いてきて、ガンガン仕事をこなす。

……近頃は、仕事中はもちろん休日でも、デーモンエナジーなしでは生活できなくなっている。

 

一回、昼休みに食堂に向かうとき、粘着勇者が歩行速度を合わせて話しかけてきた事もあった。

「ロード君って、仕事が大変そうだよね!尊敬する!!」

粘着勇者は居場所が無いようで、優しい言葉で媚びてくる。

「さあ、わからない」
……と、投げやりな態度を取ったら、粘着勇者は歩行速度が遅くなり、そのまま後方へフェードアウトしていった。

 

 

――繁忙期終盤。

木曜日の夜勤・作業終了時刻。

「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」

作業終了と同時にゾロゾロと去っていく短期バイト勇者たち……を横目に、ロードは立ち尽くしている。

そして、地面に崩れ落ちるように、どかっ、と音を立てて座った。

だが、座る事さえも辛く……結局、仰向けになった。

青空が、やけに綺麗に見える。

 

……身体が重い。思考が鈍い。

通常なら、身体を動かした後は達成感があるものだが、全くない。

あるのは、ただただ、疲労感と倦怠感のみだ。

……そして明日、土曜日は……休日出勤の日だ。

死んだように横たわるロードの姿を見て、駆け寄ってくるサラの姿が見える。

「おつかれ!仕事が辛いほど達成感があるよね!」

「……サラさん、俺、もう……この仕事を続けることが……」

先輩に対し、いや先輩でなかったとしても、横たわったまま会話するのは失礼……と、考えられないほど疲弊しているロード。

「……え……せっかく仕事覚えたのに?」

「もう、心身が限界です……。
作業終了しても、20分くらい休憩して回復しなきゃ、帰宅することもできないくらい消耗するんです」

「辞めちゃダメだよ!……辞めないで」

サラは、必死でロードを引き留めようとする。

「とりあえず……明日は休みます」

「絶対ダメ!疲れてるのは、みんな同じだよ!一緒にがんばろう!!」

「……疲れの度合いが、違います」

「……この職場は、根性がある人しか生き残れない!
ロード君は、根性がある!途中で逃げるような弱い男じゃない!!」

サラは、泣きそうな顔をしながら、ロードを見つめる。

「……俺は もう、限界です」

 

――ロードは、重い身体に鞭打ちながら、帰路につく。

爽やかな朝日に照らされた青空が視界に入るのが、なぜか辛い。

――ブラック企業で働いていると、1人で過ごしていると、自己犠牲精神という弱さを見せると……。

人間の本質を理解したような錯覚に陥る。

人間の本質は悪……だと。

 

――以前、考えたことがある。

”優しさ” という概念に対する、俺なりの解釈

それは――

強者の娯楽であり、弱者の生存戦略だ。

仮初の優しさは、生き抜くための強さ。
本当の優しさは、自己犠牲という弱さ。

 

ブラック企業の人間は――いや、ほぼすべての人間は――仮初の優しさ、つまり生き抜くための強さを持っている。

内心好きでもない相手だろうと、内心殺したいヤツだろうと、それを行動に反映させたら不利益が生じる。

……だから行動に反映させない。つまり、優しくするのだ。

 

粘着勇者は、生き抜くための仮初の優しさの扱い方が極度に下手なだけで、戦術の方向性としては間違ってはいない。

そして俺は、両方の優しさを持っている……と思っている。

 

だが……俺はもう、限界が近い。

身体も、思考力も、優しさも。

 

 

――次の日、金曜日。

美しい夜空が広がる。

ゴールドに輝く月。
シルバーに輝く月。

そして、散りばめられた無数の星々。

 

美しく輝く2つの月に照らされて、颯爽と姿を現したその男――ロード。

面構えが違う。

”もう、何があっても挫けない。逃げない”

そんな決意が、表情から見て取れる。

「ロード君……!!」

サラは、満面の笑みで駆け寄る。

「……信じてた……必ず、来てくれるって……!!」

ロードは、右手にぶら下げたレジ袋の中に控える4本のデーモンエナジーに、誓った。

”護りたい。この人を”

 

ロードは、全身全霊で働く。

持てる力のすべてを総動員する。

勇者という最底辺の職業に、なんとか意義を見出すべく、懸命に働く。

身体が重く、思考が遅くなってきたら、デーモンエナジーをぶち込む。

全身が、生き生きと動き出す感覚を覚える。

 

”俺は……「限界」という言葉で、自分の可能性を抑えつけてたんだな”

大量で煩雑な作業をこなす順番を瞬時に脳内でシミュレーションし、導き出された最適解を実行する。

ガンガン仕事をこなしていくロードの姿は、逞しさに溢れている。

軋む筋肉。飛び散る汗。オーバーヒートする脳。

心身が悲鳴を上げたら――デーモンエナジーに手を伸ばす。

”今なら行ける。限界の その先へ――”

 

――作業終了時刻。

仕事を見事にやり切ったロードの顔は、達成感に満ちている。

ロードは――限界を超えたのだ。

そして……

限界を超えた反動で、身体を壊した。

 

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