I-State -侵略国家- 第4話「世界最悪」

 

北夕鮮が ”世界最悪 独裁国家” たる所以。

 

――血族による ”絶対支配”

ギム一族が代々 総統として君臨し続ける独裁政権。

民主主義を謳う為の選挙は行われる……が!

ギム一族率いる夕鮮労働党 以外への投票者は可視化され、後日 逮捕。

強制収容所に送られる。

 

つまり、夕鮮労働党――ギム一族に権力が一極集中。

国家・軍・経済・教育など、すべてを支配している。

 

――総統を神格視させる ”思想教育”

国民は、幼少よりギム一族に好都合な思想を徹底的に叩き込まれる。

教育機関・ネット・メディアなど全ての情報源が支配された完全な言論統制。

ギム一族の意に反する情報は、国民の目には決して届かない。

 

――国民同士の ”相互監視”

隣人が政府を批判したら即通報され、家族ごと政治犯として強制収容所に送られる。

反乱の芽は、許されない――

否、一粒の種子すら、その存在を許されない。

 

結果、恐怖政治により夕鮮労働党支持率100%を実現している。

――北夕鮮が、世界最悪独裁国家たる所以である。

 

 

「――見えてきたぞ」

部隊長・マキが口を開く。

国衛隊の巡視船に乗っているオウカ達がそちらに目をやると、水平線に ぼんやりと浮かび上がる尖閣諸島。

尖閣諸島は、沖縄本島から北西約410km、石垣島の北方約170kmに位置する。

(そこから南西へ170km先には、シーナ国が自国領土と主張する ”苔湾たいわん” がある)

5つの島・3つの岩礁から構成される諸島である。

 

シーナ国が尖閣諸島を狙う理由――

その周辺の海底に眠る、石油や天然ガスといった豊富な ”海底資源”

さらに、苔湾たいわんへの ”軍事侵攻の拠点” として非常に有用だからだ。

 

 

――北夕鮮に退去要求するための小部隊編成の為、複数の国衛隊基地から32名ほどの隊員が集められた。

部隊長はマキという初対面の20代半ばの女性。

オウカが所属する基地からは、エレナとカンナと――もう一人の少年。

4名とも、新米隊員。

 

他の基地からのメンバーも、新米隊員が多い印象だ。

現場の空気感に慣れさせて経験を積ませるため、新米隊員が多く収拾されたのかもしれない。

 

――オウカは、北夕鮮に退去要求するという この任務も、メイフェイひいてはシーナ国に伝えている。

メイフェイには色々質問したかったが……シーナ国から見て必要な情報なら黙っていても教えてくるだろうし、そうでないなら何を言っても教えてくれないだろう。

 

……シーナ国が尖閣諸島での領海侵犯を止めた半月後、北夕鮮が領海侵犯を開始した。

シーナ国が関与しているのか?

それとも、虎の威を借りる為……つまり、シーナ国の関与を 後ろ盾を匂わせる為の、北夕鮮のミスリードなのか?

わからない。

 

また、もし交戦する場合は、”実力を隠して戦い、武功を挙げる” ということは、言わずもがな。

さすれば、”司令部入り” に一歩前進できる。

……それができなければ、司令部入りが遠のく。

結果、シーナ国の情報網で父親の具体的な居場所を見つける……という ”餌” をお預けされてしまう。

 

――北夕鮮の艦船が、視界に入った。

一気に緊張が増す。

無線による退去要求を行う。

 

「――マキ、北夕鮮の艦船が……島に上陸しようとしてるぞ!」

部隊長マキの補佐役らしき男性・ケンジが怪訝な表情で言った。

退去要求を無視しつつ、そのまま島に上陸する――ということは、つまり――

マキは、国衛隊本部に連絡した。

 

数分後。

「――上から指令だ。我々も上陸する。

再度の退去要求にも相手が応じない場合――交戦状態と承認される」

国衛隊本部から、”尖閣諸島からの迅速な退去を要求する。応じない場合、武力を行使する”――という主旨の最後通牒を北夕鮮に送信。

巡視船は、尖閣諸島を目指して速度を上げる。

 

さらに数分後。

相手国は、こちらの要求を拒否したとの通達。

つまり、”国家間の武力衝突” が成立した……という事だ。

 

――ARレンズを通した視界に浮かび上がる、真っ赤な文字。

[〈重要〉日ノ国と北夕鮮は、尖閣諸島周辺において交戦状態と承認されました]

 

■戦争ルール(国際条約制定)

・ARレンズ装着の上、参加
敵=赤マーカー表示
味方=緑マーカー表示
(※視界の外にいる者には、マーカーは表示されない)

・対象者が死亡すると、マーカーは消滅

・戦闘員以外には、マーカーは表示されない

・冷兵器(=火薬や爆発力を利用しない兵器・武器の総称)のみ使用を許可
※レーザー・電撃・空気銃等の代替策 および 化学兵器も一切禁止

 

□補足情報

・マーカーは両者に同じ色が表示される
(AのARレンズに、Bに赤マーカー表示
=BのARレンズに、Aに赤マーカー表示)

・戦闘への参加権利があるのは、登録された者のみ

・移動手段は、申請・登録された軍用車・軍用機・軍用艦に限定される

・複数の第三国が、公平性を担保

 

――現代の戦争ルールは、白兵戦。

冷兵器以外の使用は、即時検知される。

また、ルール違反国は、相応の国際制裁を受ける。

 

――複数の第三国が、リソースを割いてまで わざわざ公平性を担保する理由。

それは、”他国の戦術データ収集” というメリットがあるからだ。

(とうぜん、シーナ国もこの戦争……というより小競り合い、における日ノ国と北夕鮮の戦術データを収集すべく、公平性の担保とやらをするのだろう。)

また、尖閣諸島は無人島なので、一般人はいない。

 

――隊員全員の視界。

他隊員たちの頭上に、味方であることを示す 緑マーカーが表示された。

 

「はあァ?ふざけんな!」

マキが、イラつきながら 鉄柱を蹴る音が鳴る。

 

「武器を構える事すら、ダメなんだと!

”こちらには集団的自衛権がある。従って、あちらの目的はただの威嚇であり、武器は使わないだろう。万が一相手が武器を使用した場合のみ、武器使用を認める”

……とか、寝言ほざいてやがる!」

怒号が響きわたる。

「相手が武器使ってから、悠長に武器を構えろと? 頭 悪すぎんだろ!

領土侵犯して退去要求もシカトしてんのはあっちなんだから、こっちが先制して武器使えばいいのによー」

 

――カンナの呼吸が早まり、身体は小刻みに震えている。

(他の新米隊員達にも、同様の反応を示す者が複数いる)

無理もない。

今まで、カンナ……というか新米隊員は訓練のみで、実際に戦った経験が無いのだ。

(無論、私もそういう ”設定” にしている)

オウカは、それに気づき、何か声をかけようと思った……が。

何と声をかけたら良いか わからず、言葉に詰まる。

 

「――ねえ~。古流柔術って、崩しながらの当身は、こんな感じだっけ~?」

エレナが わざと緊張感のない声を発し、身体を動かし実演を交えながらカンナに話しかける。

カンナは戸惑いながらも、エレナに実演で応じる。

「あ……うん。こんな感じ。」

意識のベクトルを変えて 身体を動かす事で、カンナの緊張は少しばかり緩和された様に見えた。

 

――その様子を黙ってみていたマキ。

表情が、わずかに和らぐ……が、すぐに元の険しい表情に戻った

その視界に新たな指令が表示されたからだ

[敵部隊にテソンはいないだろう。安心して任務を実行すべし]

あたりめーだろ!

”テソン”が、こんな小競り合いに来るか?

来るなら、本格的な戦争状態になってからだ!

――と、キレそうになったが、これ以上バカ相手にエネルギーを浪費したくない。

精神を整えるため、深呼吸を始める。

 

オウカは、その様子を見ていた。

マキを直視するのではなく、目の端で捉えていた。

 

落ち着いた口調で、言葉を続けるマキ。

「”仮に、相手が武器使ったとしても、制圧目的だけで殺意が無い可能性も否定できない”……とか言ってる。

結局、武器を向けてくる相手だろうと……殺してはいけないんだと。

――こちらの隊員が、殺されない限り」

 

”殺しては―” ”殺され―”

マキの口から、その言葉が放たれた時、カンナ及び隊員達の表情に明らかな緊張が見て取れた。

 

――マキは、呆れ果てた末に深いため息が吐く。

「事を荒立てて責任を取りたくない……にも程が ありすぎる。

――国衛隊の上層部はシンプルにバカが多いのか?それとも敵が紛れ込んでいるのか?」

たぶん、両方だろう。

特定分野に関する知識は豊富でも、それを活用する知恵がないバカは よくいるし、

この国の政治のあらゆる場所に、スパイが紛れ込んでいる――最早、国民にも知れ渡っていることだ。

 

――マキは続けて、言葉を放つ。

「――裏切り者は、許さない」

その言葉は、自分に向けて発せられている――そんな錯覚が、オウカの脳裏をよぎった。

……いや、錯覚ではない。

自分は、スパイなのだから。

 

 

――尖閣諸島が、近づいてきた。

すでに、北夕鮮の艦船は別の場所に停船しているだろう。

爆破することは戦争ルール上、できない。

小競り合いとはいえ国家間の武力衝突…… ”戦争” と認定されている。

戦争では、爆発物もレーザーも使ってはいけないのだから。

 

――尖閣諸島の中で最大の島、魚釣島に接近。

魚釣島は、面積3.81㎡(東西約3.5㎞、南北約1.3㎞)・最高標高362m。

険しい断崖と濃い緑が共存する孤島だ。

島の北側は比較的なだらかな斜面で、鬱蒼うっそうとした森が広がっている。

一方、南側は断崖絶壁が広がっており――この船は、そこに向かっている。

隊員達は、武器を用意・携帯する。

 

――魚釣島・南西部に停船、マキ率いる小部隊32名が、上陸。

目の前には、切り立った崖が悠然とそびえている。

波に削られた岩肌が荒々しい印象を与えつつも、大自然の雄大さを感じさせる

 

――国衛隊・情報課からの指令が、マキの視界に表示された。

(情報課=情報システム管理・戦時の指令を管轄する部署。

忍者族も多数所属している……と言われている)

 

「数人ずつの小隊に分かれる……との事だ」

マキの言葉の数秒後、隊員達の視界に名簿が表示された。

チーム分けに関する情報。

 

2人1組、又は 3人1組の――12組の小隊に分かれる。

それに加えて、1人……つまり単独行動をする者も、2名いる様だ。

オウカの名は――カンナと共に記載されている。

エレナの名は――同じ基地所属の、ツリ目の少年・セイイチと共に記載。

新米同士のペア。

 

こんな絶海の孤島でも、衛星ネット回線システムは存分に機能する。

(世界一の実業家が運営するSatellite linkを使用。先進国では自前で開発している例もある)

 

数名の乗組員(非戦闘員)を残し、部隊は魚釣島を往く。

ぐるっ と断崖絶壁を左へ、つまり西へと迂回していく。

左には果てしなく広がる大海原。

見上げると、平和を象徴するかのような青空――と共に視界の右側に入るのは、ゴツゴツとした絶壁。

度重なる崩落により、白い岩肌がむき出しになっている。

 

――心地よい波の音。

青空から降り注ぐ、暖かい陽射し。

どこからともなく聞こえてくる チュン、チュン……という小鳥の鳴き声。

交戦状態だというのに、長閑のどかな雰囲気が隊員たちを包み込んでいく。

 

――オウカは、カンナに視線を向ける。

長閑な雰囲気の中を歩くことで、緊張が和らいできたのか……。

まだ緊張しているが、震えは止まっている。

 

――エレナは、ペアを組む相手――同基地の少年・セイイチと会話を始めていた。

「よろしく~。同じ基地だけど、話すのは初めてかな?」

セイイチはエレナに視線を合わせ、歩きながら最敬礼をする。

「はい。何卒宜しくお願い申し上げます」

「……カタいよ~」

「父が政治家なモノで……表面的な礼儀には厳しいんです」

少年は、進行方向に視線を向け直し――そのツリ目を更にツリ上げながら、言葉を発する。

「……信念の無い、日和見主義のクズ野郎だけどね」

「――詳しく、聞きたいな」

 

――30分間ほど歩くと、正面にも大海原が広がっていた。

島の南西の端が近づいてきたようだ。

右側を見ると、天を衝く様な断崖絶壁は、身の丈よりも小さな壁となり、その先には深い森が広がっている。

 

「この森を進む」

マキの発言と同時に、オウカは 周りを見渡す。

新米隊員はおろか、先輩隊員たちの多くも困惑している。

まさか今日、北夕鮮が島に上陸するとは――そして 交戦状態に突入するとは、予想だにしていなかった――そんな表情だ。

 

いや、一つの起こりえるパターンとして予想はしていたが、実感が伴っていなかった。

しかし、視界の悪い森の中に進む……という状況になって、実感せざるを得なくなったのだ。

木の陰に隠れた敵が、突然目の前に現れ攻撃してくる……そんな状況をイメージせざるを得ないのだ。

――いや、目の前に現れてくれるなら、寧ろ親切。

背後からの不意討ち……武器を使用されたら……

【死】

 

――マキは、背を向けたまま、隊員達の精神状態を察知している。

こんな状態の隊員たちを鼓舞するために、気の利いた事を言わねばならぬ立場である。

自分の個人的心情より、この部隊の長であることを優先し、冷静沈着に気の利いたスピーチをしなくてはならない立場である。

――背を向けたまま、言葉を続ける。

 

「――総員、大切な人を思い浮かべろ」

困惑していた隊員達たちは、思い思いの大切な人を思い浮かべる。

オウカの脳裏には――今は亡き母親の姿が、思い浮かぶ。

 

「お前らのキレイな手を汚して、その人を護るんだ」

――マキの両腕に、血管が浮き上がる。

 

「綺麗事じゃあ、護れるモンも護れねぇ」

――マキの顔に、青筋が立っていく。

 

「日ノ国の平和とか、高尚な大義は一旦 忘れてもいい」

――マキの顔が、隊員達の方へとゆっくりと振り返る。

「自分本位の正義を貫け。どうせ それが、日ノ国の大義に繋がる」

 

――本人なりに気の利いたスピーチを展開する、マキの顔は――

「相手が攻撃してきたら、武器を使ってきたら、むしろ喜べ。

これ幸いと、嬉々として、待ってました と言わんばかりに――武器を使用。

お前らの過酷な訓練の成果を、遺憾なく発揮し――」

――極々、個人的な心情を表現している。

「――敵を殲滅せよ」

――冷静沈着に、怒りと暴力性を湛えている──そんな表情だった。

 

 

――――魚釣島の北東。

北夕鮮の艦船が停まっている。

そして、北夕鮮軍の隊員達50名ほどが魚釣島に上陸している。

 

「――日ノ国の集団的自衛権は、発動しない」

この部隊のリーダーであり、爽やかな雰囲気をまとう青年・ヨハンが口を開く。

「日ノ国は、アメルカ国との安保条約を結んでいる。

故に、”日ノ国と本格的な戦争状態になったら、アメルカ国軍が日ノ国に加勢する” ……と、懸念しているかもしれない。」

事前に、この小隊の隊員たちには説明されている内容だ。

それを、再確認の意味で繰り返している。

 

ヨハンは続ける。

「だが、今のアメルカ大統領・ハイデンには――すでに話はついている……と、聞いている」

(まあ、ハイデンは痴呆症が かなり進行しているので、本人が話の内容を理解しているかは怪しい。

厳密には、”ハイデンの側近たち――の裏にいる、ハイデンを操っている者――に話はついている”

……と、いうべきか)

 

ヨハンの左腰には――龍泉剣。

全長は日ノ国刀と同等くらいだが、日ノ国刀の様な反りが無い――真っすぐな直刀。

――祖父の形見だ。

 

右手で、装飾が施された柄を握り――鞘から抜く。

龍泉剣の真っすぐに伸びた、腕の長さほどの刀身が姿を現す。

太陽光が、鏡面の様に磨き上げられた両刃に反射して、鋭く光る。

「――だから、皆。遠慮はいらない。

武器を存分に使ってくれ。皆の力を見せてくれ。」

隊員達は、直立不動でヨハンの言葉を受け止める。

 

「――日ノ国の隊員達にも、護るモノがあるだろう。

しかし、彼らは真実を知らない。真実を伝えようとしても理解できない。

彼らが悪いんじゃない。その様に洗脳している日ノ国が悪いんだ」

納刀しながら、ヨハンは やや伏し目がちになる。

「だから、彼らが生まれ変わり――そして僕らの仲間になれる様に、彼らを救ってやろう。

そのために、彼らの救われない人生を終わらせてあげるんだ」

数秒間、沈黙が流れる。

 

――ヨハンは、再び真っ直ぐに隊員達を見据えながら、幼少より幾度も繰り返してきた、大切なあの言葉を発する。

「全ては、総統の為に」

 

 

――――オウカとエレナは握り拳を合わせて、それぞれのペアと共に深い森の奥へと進んだ。

このペアにおける緊急を要する戦局の判断は、成績が相対的に優秀なオウカに託されている。

 

そして、オウカはカンナと共に、深い森の中を歩いている。

オウカが左側、その右側 数メートルほどの位置にカンナ。

武器は二人共、日ノ国刀と、(両手の手甲に挿した)棒手裏剣だ。

地面は傾斜になっており、左から右へと上り坂だ。

12組のチームは、それぞれ120メートルほどの間隔を空けながら、東へと進んでいる。

120メートルとはいえ、深い森の中なので お互いの姿は木々に隠れてしまい、時折チラッと見えるくらいだ。

 

――小部隊が密集すると、敵に囲まれてしまう。

しかし、広がりすぎると それぞれが散り散りになってしまう。また、加勢に行くことも遅くなる。

従って、密集せず、広がりすぎず……を念頭に置いて進む。

 

互いの位置関係は、国衛隊の情報課によって把握されている。

その情報は、各隊員がARレンズを通した視界に自由に表示できる。

また、敵を視認して赤マーカーが表示された場合、その情報も情報課・各隊員にリアルタイムで伝わる。

 

オウカとカンナは、神経を張りつめながら進む。

一秒でも早く、敵を察知することが重要だ。

その一秒の間に、飛び道具――私たちが持っている棒手裏剣の様な武器が、飛んでくる可能性がある。

 

――森に突入してから50分程が経過。

カンナは、やや憔悴しょうすいしている様だ。

先程はエレナが機転を利かせたうえ、海岸を歩いた事で、カンナの過度な緊張は一旦収まった様に思えた。

……が! この深い森の中では、何処に敵が潜んでいるかわからない。

その事実への過度な恐怖心が、精神力を消耗させているのだろう。

これでは、実力はまともに出せないだろう。

 

――オウカは、察知した。

深い森の奥、前方 約200メートル以上離れているだろうか。

そこから、2人の人間がこちらに向かって接近してくる。

 

オウカは、カンナに視線を向ける。

カンナの呼吸が早まっている。

「――カンナ、大丈夫だ。訓練通りやれば」

言いながら、もっと良い言い方はできなかったか?……と自問自答した。

口下手な自分が、嫌になる。

「……あ、うん……ありがと、オウカちゃん」

カンナは、気の抜けた返事を返す。

 

オウカは、再び前方に視線を戻す。

前方より接近中の2人、そろそろ視界に入る頃だ――

 

カンナは、自分の身体が固く、重くなっているのを実感していた。

地に足がついていない様な、自分が自分じゃないような、自分という存在に実感を持てない……そんな感覚。

今日、人生が終わるかもしれない。

――こんなアタシが、一人前の侍になれるのかな……?

 

――剣術系VTuber(バーチャルWe Tuber)”一刀両断☆斬子ざんこちゃん” の明日のライブ配信の内容は、久々ガッツリ学術だったな。

日ノ国刀の歴史を3時間に渡ってスライドで解説――いや、斬子ちゃんは、なんだかんだで5時間は話しそうだ。

話がドンドン膨らんで、脱線もしばしば。

だから、純粋に日ノ国刀について知りたい人は、”ムダ話が多い” とかコメント欄に書き込むけど、そんならムダ話が無い日ノ国刀解説チャンネルに行けや。

話の脱線も、楽しいコンテンツの内だ。

だからこそ、現時点で興味がない人にも、日ノ国刀の魅力を知ってもらえる――

 

がさっ、と草木が擦れる音がした。

現実逃避していたカンナの身体が、びくんっ、と跳ね上がる。

――眼前、50メートルよりやや遠い地点に、2人組。

男1名、女1名の敵は、こちらに気付き――、一気に身構えた。

その両手には、何も持っていない。

――視界に、敵の数と同数の――2つの赤マーカーが表示された。

 

――え、いつの間にこんな近くに――

カンナは、日ノ国刀を構え――

いや、相手が武器を使用しないなら、構えることすら禁止されていた。

えーと、徒手格闘……古流柔術なら使っても良いんだっけ?

――とりあえず、両手を構えた。

 

――オウカは、カンナを見た。

カンナが普段の実力を出せたとしても、勝てるかどうかわからないのに、こんな状態で勝つのは――

 

2人組は、ゆっくりと歩いてくる。

カンナは、小刻みに震え始めた。

120メートル間隔で離れている他の味方は――同じく敵と向かい合っている可能性が高い。

低く偽った実力のままでは――負ける。

 

――25メートルほど前方の2人組は、無表情で近づいてくる。

男の方は、女よりやや後方にいる。

2人組は、両手には何も持っていない。

だが、長袖に隠された前腕などに、何かを仕込んでいる可能性は高い。

 

――20メートルほどの距離に近づいてきた女。

2人組は、両腕の長袖をまくった。

”何も仕込んでませんよ。ご安心ください” と言わんばかりに。

――カンナは、小刻みに震え続けている。

 

――女との距離、

10メートル。
7メートル。
4メートル。

 

――赤マーカーを従えた女は――優しい微笑みを、浮かべた。

「こんにちは。あなた大丈夫?具合が悪そう。」

カンナは、目を丸くしている。

「大変よね。こんな状況になって……」

女は、優しい微笑みを継続する。

カンナは、数秒間 黙っていた……が、突然 何かが込み上げてきた様に、せきを切って言葉が溢れてくる。

「はい……はい!そうなんです!」

 

――女はニコっと笑って、左脚のカーゴポケットに左手を伸ばし……ゆっくりと、何かを取り出す。

オウカは、男の動向に注意しながらも、女の両手を注視する。

女が取り出したのは――武器!……ではなく、絆創膏ばんそうこう

左手で、絆創膏をカンナに差し出そうとしている。

「はい。首の右側から血が出てるわよ」

反射的に、右首すじに手を添えるカンナ――

 

-ヒュッ- -ドッ-

女の右手には、銀色の細い棒が握られ、それをカンナの首めがけて――

――と、同時。

女の右手に――

死角となるベルト後部に仕込んでいた暗器を握った、女の右手には――

カンナにも見慣れた、黒い鉛筆のような棒が刺さっていた。

オウカが放った棒手裏剣。

 

「……ゥッ……!」

女は、右手の甲に棒手裏剣を生やしたまま、反射的に三歩 後退した。

右手から鮮血が流れ始めた。

――微笑みは、怒りの表情に変わる。

 

――オウカは、カンナを庇う様に立ち塞がる。

女は、カンナの首を狙った――殺意があった。

しかし、国衛隊本部からの指示では――誰かが殺されない限りは、決して殺してはいけない。

だからこそ、明らかに殺意を持つ相手でも、手の甲に手裏剣を撃った。

 

首を狙えば、無力化――

――殺せていた。

 

――女は、右手の甲から血が滴る棒手裏剣を、左手で抜く。

その痛みで、女の口から息が漏れた。

――左手をベルト後部に伸ばし――左手にも同じ武器を持った。

先程まで後方で微笑んでいた男も、殺意を湛えた表情を露わにし――両手に、女と同じ武器を持った。

銀色に輝く、金属製の棒……が、その手に握られている

 

――暗器・峨嵋刺がびし

怪しい輝きを放つ細い棒の先端は 鋭く尖っており、主に刺突用の暗器。

状況によっては、関節技を極める事も可能だ。

敵2名は、中指にはめたリング──を起点に 30センチ超の銀色の棒を くるくる、と回転させている。

 

-フオッ-

瞬間、男がオウカに向かって踏み込んできた

――と同時、女は峨嵋刺を持ったままの右手で、棒手裏剣を構え――オウカの顔面に向けて投げた。

反射的に躱そうとする――が!その先には、カンナが棒立ちのままだ。

カンナに当たってしまう――

 

-バチィッ!-

――棒手裏剣を右手で弾き飛ばしたオウカの目の前には、男が近づいていた。

右手に持った峨嵋刺の鋭い先端をオウカの首めがけて突き出してくる。

 

-ヒュッ- -ドボッ-

「グアゥッ!」

首への刺突を躱しつつ、左拳で――男の腹に突きを入れたオウカ。

――男は よろめきながら後ろに下がろうとする。

追撃すべく、踏み込むオウカ――

 

-ヒュッ-

女が同時に踏み込んできて、牽制するようにこれ見よがしに峨嵋刺を突き出した。

オウカは足を止め、2人と向かい合った。

膠着。

 

――もっと強く撃つべき、本気を出すべきだったか?

カンナはこんな状態だし、後から いくらでも誤魔化せる……多分。

いや、本気を出して敵軍に警戒されるリスクを考えると……。

なにしろ、現段階では口封じできない――殺せない――のだから。

 

――男は、憐れむような眼で、厳かに言葉を発する。

「もし、君たちが真実を理解してしまったら」

──?

「”何故、北夕鮮に生まれなかったんだ!”……と嘆くだろう」

──陽動か──

「同じ世界を生きながら ”最悪だ!” と、この世界に絶望するだろう」

女の方に、動きはない。

「だからせめて、慈悲を込めて──」

 

――オウカは、震え続けているカンナを見た。

とても戦える状況ではない。

何をどう話しかけら良いか、わからない。

 

――こんな精神状態のカンナは、正常な判断は難しい。

私が普段より速く強く戦っても、それは心神喪失による錯覚だと誤魔化せる。確実に!

敵軍に警戒されるリスクを承知で、低く偽った実力を解除すべき――

 

――カンナは、左腕の手甲から、右手で棒手裏剣を抜き取り――構えた。

逆手。

投げるには適さない、拳を振り下ろすような刺突に適した持ち方だ。

――”拳を振り下ろすような刺突” に。

 

「カンナ、大丈夫だ。ここは私に任せて カンナは――」

――カンナは ゆっくりと、そして深く息を吐いている。

「カンナ?」

ゆっくりと、棒手裏剣を握った右拳を上げ……

──自分の左手の甲を目掛けて、振り下ろした。

ぬちゃっ、と、小さく嫌な音がした。

 

カンナの可愛らしい顔は、オウカが見たこともないような――怒気に溢れていた。

 

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