
第5話
「合法娯楽 精神暴力」
「はっ……はっ……」
荒い呼吸音を発するロードは、草原に仰向けに寝転がっている。
――今日の勇者業務、終了から5分が経過。
他の勇者の大多数は、既に退勤している。
2本のデーモンエナジーを飲んだロードは、その日の業務を乗り切った。
明らかにロードだけ周りの何十倍もの労働負荷であったが、ロードは何とか乗り切ったのだ。
労働している間、ずっと緊張状態だった身体が、くたっ、と 脱力している。
……もう、帰宅する気力もない……
こんな過重労働が、明日も俺を待っている。
明日は過労日。そしてまた明後日も……
もうダメだ。
もう俺は、労働不可能――
「ロード君、大抜擢されたね!おめでとう」
底抜けに明るい声が聞こえる。
ロードは、ぼんやりとした意識で、そちらを見る。
サラが立っている。
いつも通り、目にクマができ、セミロングの茶髪はボサボサのままだ。
――なのに、笑顔を絶やさない。
「あ……ハイ……すいません。寝転がってしまって……」
鉛の様に重い体をなんとか起こし、立ちあがるロード。
「最初はキツイけど、作業内容を覚えれば、作業リズムに慣れれば メッチャ楽だよ!」
……いや、それは無い。
作業を覚えて 慣れたとしても、身体を動かしっぱなし、思考を回しっぱなし……で、8時間以上働き続けることに変わりはない。
明らかに、労働負荷が高い……否、高すぎる。
「……えっと……それは……」
言葉に詰まるロードの身体を、サラが、ぽんぽん、と叩く。
「大丈夫だよ!」
サラが、ボディタッチを何回もしてくる。
そして、少し前かがみの姿勢を取り、ロードの目を見据え、言った。
「ロード君は、強いね。逞しいね。
今まで見てきた男の中で、一番……カッコいいかも」
ロードは、自分よりも少し背が低いサラの、形の良い……おっぱい に目が言った。
――永遠のロマン。最強のパワースポット。世界中の男たちが人生を賭して追い求める理想郷。
………………――――――
ロードの心に、身体に、枯渇していたエネルギーが湧き上がっていく。
そうだ。
俺は、初日を乗り切ったじゃないか。
明日以降は、今日と同じ仕事を繰り返すだけだ。どんどん慣れていく。どんどん楽になる。
ここで辞めたら……今までの努力がムダになる。
ムダには、しない。
俺は――――労働可能!
”……のでは、あるのだが……。
実際問題、今の状況はなんとか打開せねば”
――次の日。
ロードは改善を求めるため、普段よりも早く出社していた。
そして、部隊長専用のテントに赴き、異議を唱えている。
「部隊長、僕の業務量が明らかに負荷が高すぎます」
「そんなことはない。他の人たちは比じゃないくらいキツイ」
部隊長は、詳細を聞こうともしない。
「楽な仕事なんて無い」
「いえ、相対的に楽な仕事はいくらでもあります」
「言い訳するな!
”でも・だって・どうせ・ですが” という4D言葉は、自己成長を止めるんだぞ!」
部隊長は、熟考するでもなく、ロードの質問に即座に返答をし続ける。
自分の作業量が多すぎる事に、意義を唱えるロード。
「だが、他の勇者たちは、仕事をしっかりこなしている。
お前は、文句を言うより、どうすれば仕事をできるようになるか、を考えろ。
それが、成長につながる」
心身が限界であることに、意義を唱えるロード。
「でも、辛いのはみんな一緒だよ。
君は、いつも汗びっしょりで頑張ってるから、ミスしても大目に見てたんだよ?
色々やらかして、周りに物ッッ凄い迷惑かけたけど、俺がフォローしたから!
……すぐ慣れる。落ち着いて仕事をすればいいよ」
他の非正規雇用勇者と時給が同じなのに、労働負荷が高すぎて不公平であることに、意義を唱えるロード。
「安心していい。
お前の頑張りは、しっかり見ている。評価している。
信頼してない相手に、重要な仕事は任せないよ」
言い知れない脱力感に襲われるロード。
”……………宇宙人か!?コイツは。
話が全く通じねえ。話が1ミクロンも嚙み合わねえ。
ワンチャン、宇宙人の方が……話が通じるんじゃねーか?”
論点をズラしまくる相手と話すのは、とんでもなく疲れる。
論点ズラし を指摘して、ズラされた論点を適切な位置に戻す……というプロセスには、多大な思考力を消費する。
キャッチボールで、毎回とんでもない方向に投げられるボールを、その都度 走って取りに行くようなものだ。
本来なら、論点ズラしを指摘して周りの人間に相談(つーか相手を孤立させるための根回し。自己防衛だ)すれば、相手への反撃になる。
しかし、周りの人間は、俺がアホみたいに辛い労働をさせられることで、楽をしている。
陰口のネタで会話を持たせている。
俺は、スケープゴート認定されてしまった。
したがって、俺が 部隊長の論点ズラしを指摘しても誰も耳を傾けないだろう。
そもそも、相手は部隊長であり、上司だ。
角が立たない言い方をしないと、「ロードは無礼な奴だ!異常者だ!」と、さらに俺を悪者にする材料として使われるだろう。
――不意に、部隊長は、渾身の笑顔を浮かべた。
「こんな風に本心を打ち明けられる場所、今までなかったやろ」
「…………………………………………」
ロードは、言い知れない脱力感と、底知れない気持ち悪さを、感じていた。
――次の日・朝礼。
数十人の短期バイト勇者たちは、ぐるっ、と円を描くように集合している。
大きな声で朝礼を進める部隊長の左横にはサラ、右横にロードが立っている。
”部隊長の横って、正規雇用の勇者がいるべきポジションだよな?
……俺、非正規雇用なんだが”
部隊長は、書類を読み上げている。
何やら、雑魚モンスターを討伐する武器の間違いが、多数発生しているらしい。
例えば、タイプAの雑魚モンスターを、対タイプB武器で攻撃してしまう……という、取り間違いが。
短期バイト勇者たちは、基本 同タイプのモンスターを倒し続けて、たまに来る別タイプのモンスターを倒す時だけ、武器を持ち替えるのだが……。
なぜ、それでミスをする人がいる?
――まあ、別言語圏からの労働者であり、この異世界の言語がよくわからない人が間違えてしまうのだろう。
……と思ったが、どうやら同じ言語圏の短期バイト勇者達も間違いが多発しているらしい。
なんでだよ?短期バイト勇者たちは、明らかに労働負荷が軽いだろ。
……と思ったが、その理由は察しがつく。
フリートークをしながら作業している短期バイト勇者達も少なくないからだ。
フリートークをしている時はもちろん、していない時でも脳は深層意識でフリートークのネタを探し続けるので、どうしても意識が散るのだ。
結果、ミスを誘発する原因となる……。
――部隊長が書類の内容を読み上げている時に、ニタニタしながら なにかを話している2人組が目に入った。
部隊長は、2人組に注意をしない。
気づかないのだろうか?気づかないフリをしているのだろうか?
「……あ、あの、部隊長。
その種類のモンスターが出現するのは、元旦じゃなくてクリスマスイヴです……」
サラが、気を遣いながら……部隊長の間違いを、指摘した。指摘せざるを得なかった。
「……え……あ……い、今の説明、一旦忘れてくれ。
再度、説明し直すから」
ニタニタ話す2人組は、明らかに噴き出した様なリアクションを取る。
無礼千万。
他の、短期バイト勇者達の中にも、目配せをしあって首を傾げるなど、小馬鹿にした様な態度を取る者も少数ながら、いる。
場の空気が、明らかに変貌した。
少なくとも、部隊長にとっては極めて好ましくない方向へ――
――部隊長は、ロードを小突いた。手のひらで、はたく様に。
”……え?なに、この人。距離感がおかしい。
まるで、俺がミスの原因であるかのように 誤解されるだろう?”
そんなことを思いながら、反射的に部隊長の顔を見たロード。
……真顔から、極度の緊張が伝わってくる。
”ああ、俺・ロードの報告ミスであるかのように、周りに思わせたいんだな”
ロードは理解した。部隊長の思惑を。
――そして、ブラックな環境は、長い時間をかけて――人間性を腐らせると。
――作業開始時刻から、30分経過。
思考をフル回転させながら、動き続けているロード。
「……休憩って、いつから?」
主婦勇者の質問で、思考がぶった切られた。
「僕も非正規雇用なんで、詳しいことはわかりません。
ですがたぶん、あと15分で休憩になると思います。」
「……………」
返事もしない主婦勇者に内心イラっとしたが、その感情を抑えて作業を続けるロード。
武器庫に行き、武器と 黒魔術用の液体の材料を持ってきて、勇者達に配りに行き、使用された武器は回収して臨時武器庫の元の場所に仕舞う。
そんなことを繰り返していると、もはや時間感覚がわからなくなってくる。
……混濁した意識の中、ロードは懸命に作業を続けていた。
「ねえ!時間になっても休憩に ならないんだけど!!」
主婦勇者が、明らかに怒った態度で、ロードに不満をぶつける。
そして、その横の大学生勇者も、ギロッとロードを睨むような視線を投げかける。
ぐったりしていた表情のロードだが、不快感を少しばかり表情に出しながらも、できる限り冷静に答える。
「……さっきお伝えしたのは、あくまで予定時刻であり、時間が押してるんだと思います。
……僕も、非正規雇用の勇者であり、この職場の都合はわかりま」
ードッ!ー
――大学生勇者が、小型包丁をまな板に突き立てる音が響いた。
全身を躍動感たっぷりにムダに動かし、オーバーなアクションで、包丁の切っ先をまな板に突き立てたのだ。
「………………………………」
その光景を見たロードは、心の奥底から、ふつふつと怒りが湧いてくるのを自覚した。
この人達は……こいつらは……ここで俺の悪口を言い合っていたのだろうか?
明らかに、身に覚えのない敵意を感じる。
短期バイトの2名に、明確に怒りを抱いたロード。
大学生勇者に、視線を合わせて口を開く。
「……………………まず、その包丁を置きましょうか?」
大学生勇者の身体が 少しばかり、びくん、と跳ねる。
そして、無言でゆっくりと小型包丁をまな板の上に置いた。
ロードは怒りを抑えつつ、声を荒げず、冷静に言葉を選ぶ。
「……なぜ、その様な態度を取るのですか?」
「………………………………………………」
ロードの言葉を受けた大学生勇者は、無言になった。
恐らく、思考力を総動員して、マウンティングの可否を判定する演算処理を行っているのだろう。
数秒後、導き出された答えがアウトプットされた。
「休憩にならねーからぁ!」
両目をカッと見開き、露骨に攻撃的な態度をあらわにする。
言葉を続ける。
「嘘つかれた!!」
……対応を間違えたか?極力刺激しない方が良いと思ったが……。
コイツに対しては……怒りを抑えず、声を荒げて、怒りに任せた言動を取るべきだったか?
「…………俺は非正規雇用だと、さっき言っ」
その言葉を遮る様に、主婦らしき勇者がロードの方を見ずに壁を向いたまま、大声で怒鳴る。
「口じゃなくて、手を動かしなよ!」
主婦勇者の罵倒する声が響きわたり、余裕を持ってモンスターを討伐している勇者たちの視線が、一斉にロードに集まる。
……この…………………………糞ババアッッ!!
こっちが暴力を行使しないと安心してるから、そんな口が……
この2人を…………このクズ共を……………!!
…………ダメだ!!
俺が、悪者にされる!
どれだけ不当な精神暴力を受けたとしても、こっちが少しでも物理暴力を行使したら……
経緯など考慮されず、目に見える結果だけで判断されてしまう!
こっちが全面的に悪者になってしまう!!
――ロードの中で、なおも膨れ上がる物理暴力の衝動。
このクズ共の顔に拳をめり込ませたい!その顔を、思いっきり殴り飛ばしたい!
いや…………………殺したいッッ!!!!
………ダメだ!……抑えろ!!
でなくば、俺が悪者に……………
………………………――――――――――
ふうぅぅぅぅぅ。
――暴力の衝動を、自己防衛本能を……理性で抑えつけた。
”……なんだ。この程度の事……気にしなければ、気にならないじゃないか。
気にしすぎなんだな。俺は……”
ロードは、何事もなかったかの様に、作業を再開した。
さっきまでと、同じ様に。
”……………………………”
だが、なんだか、感覚がさっきまでと、違う。
何かが欠落したような感覚が、ロードを包み込む。
――頭が、働かない。

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