――――赤い血。廃墟の奥。悲鳴を上げて逃げ惑う3名の男。
オウカの眼前には、月明かりに照らされた――絶命した大量の敵兵と、それを足蹴にして逃げ惑う抹殺対象者3名の姿が映る。
真っ赤な雨が降ったかのように、大量の血液がコンクリートの地面を覆う。
そこを歩くだけで、ぴちゃぴちゃ、と音が鳴る。
――血に染まった倭刀を右手に握り、オウカは一歩一歩近づいていく。
「こんなことして、ただで済むと……」
”これは、任務だ”
「家族が……君くらいの年齢の、娘がいるんだ……」
”私にも お前くらいの年齢の父親がいたよ。母を殺して行方知れず だが。
――家族はもういない”
「……敵意の無い人間を一方的に殺して、君の気が晴れるのか?なら、やるがいい……!」
”私が、お前らよりは明らかに強くて、戦意喪失しただけだろう”
3名の男は、どんなに見苦しかろうと、最期まで 生きる意志を貫こうとしている。
誇りと共に死ぬか。恥と共に生きるか。
”――もういい。恥と共に死ね”
倭刀を握るオウカの右腕が、ふっ、と消失した。
それが3名の男が、最期に認識した光景。
-ヒュアッ-
――3つの頭部が、真っ赤な小雨を撒き散らしながら、宙を舞った。
コンクリートで跳ねた3つの頭部による、鈍い音の三重奏が響きわたる。
「――任務完了」
その声の方角へと、視線を移す。
抹殺対象者16名分の ”模範演武” を見せた女性。
大量の返り血を浴びた――長い髪を後ろで束ねた、20代前半の女性が、静かに佇んでいる。
「革命軍の殲滅が完了したと、隊長からの報告だ。速やかに本隊に合流、帰還する」
「了解しました――メイフェイさん」
――何も感じない。
まるで、自覚しつつも抜け出せない、悪夢の様だ――
「――――オウカ……?」
視界に、ぼんやりと人の影が浮かぶ。
桜色を思わせるセミロングの髪……。
「……オウカ!目を覚ました!」
”………………――――――”
「――エレナ?」
「だいぶ魘されてたよ?悪い夢でも見てるかの様に」
――オウカは、飛行中のヘリコプターの中にいた。
むくっ、と起き上がり、外を見ると……大海原に浮かぶ、小さな尖閣諸島の姿。
オウカが気を失ってから、数十分が経過していた。
――ARレンズを通した視界に、真っ赤な文字で ”未読通知” が表示されている。
[〈重要〉日ノ国と北夕鮮の、尖閣諸島周辺における交戦の解除が承認されました]
ヘリの中には、オウカ・エレナ・カズマの他にも7名の負傷者がいて、その半数以上が床に横たわっている。
マキ部隊長および情報課の要請により、巡視船に待機していた二機のヘリコプターが緊急出動、
重傷者は優先的に、最寄りの国衛隊駐屯地へと運ばれていくのだ。
……部隊長マキを始めとする多数の隊員の死を目撃し、生き残ったオウカとカズマには、心身共に緊急治療が必須……
という名目で、一刻も早く事の顛末を詳しく聞きだすつもりだろう。
エレナは――失神・負傷に加え、マキの死に立ち会い、精神への甚大な影響が懸念されるオウカ……と親しいという理由で、同伴している。
オウカ・エレナ・カズマ・他7名の隊員を乗せたヘリは、最寄りの駐屯地がある石垣島へと向かう。
一方、もう一機のヘリは、他の隊員たちを輸送すべく、魚釣島の森と巡視船を往復している。
深い森で急斜面も多い、魚釣島。
ヘリが着陸できそうな場所や、縄梯子を下ろせそうなら、隊員を乗せる。
しかし、ヘリが着陸困難で、さらに縄梯子での搭乗も困難な場合は、隊員が徒歩で巡視船まで帰還する。
生存者全員が巡視船に戻ったら、 オウカ達に一足遅れて その巡視船も石垣島へと向かう手筈だ。
――殉職者たちの遺体は、後日 回収される。
――――北夕鮮による尖閣諸島での領海侵犯、および退去要求の無視。
そして、交戦――の末、国衛隊隊員の尊い命が失われた。
この結果を受け、日ノ国と安保条約を結んでいるアメルカ国――その大統領であるハイデンは『集団的自衛権を行使しない』 との声明を発表。
「日ノ国では、人種差別が深刻な問題――」
「日ノ国の在り方は、各国の平和的な相互理解を阻むものであり――」
日ノ国の首相も、ハイデンの主張に全面的に同意。
双方とも、親シーナ派といわれる人物だ――
――ハイデン大統領は集団的自衛権を発動せず、アメルカは傍観。
加えて、かつての直属上官シャオルーが、北夕鮮軍兵士として魚釣島での交戦に参加していた。
マキ部隊長だけでなく、おそらく複数人の隊員を葬ったことだろう。
――日ノ国から北夕鮮への遺恨を、より大きくする為に。
辻褄が合う。
――目的は、”日ノ国と北夕鮮、双方の弱体化”
日ノ国と北夕鮮の関係が悪化し、全面的に事を構えるなら……双方が、急激に消耗していくだろう。
非常に都合が良い。
我が祖国・シーナ国にとって。
――そしてオウカは、もう一つの疑念にたどり着く。
魚釣島での交戦、および 全面戦争となれば、国衛隊隊員の命が多数 失われる。
……そう、国衛隊隊員として行動している諜報員である、私の命が失われる可能性もあるのだ。
”国衛隊の司令部に入る” との命令を受けている私が死んでしまったら、シーナ国にとっての計画が狂ってしまう。
シーナ国にとっては、それは絶対に避けたいはずだ。
……その疑念の答えは、明白。
私の他にも、複数人いるのだ。
国衛隊に潜入している、シーナ国のスパイが――
オウカを含む重傷者は、石垣島の駐屯地で数日間から数週間の治療が行われる。
(だが、カズマ隊員は、マキ部隊長の殉職の顛末を聴取された後……緊急の用があるといって姿を消したが)
そして、それ以外の隊員は、既に本土の所属基地へと帰還していた。
――――本土・とある霊園。
霊園の中には、数多くの墓石が ずらっ と並んでいる。
その内の1つ、真新しい墓石へと一直線に歩いていく者がいる。
――昔の俺は、今と同じく 独りでいることが好きだった。
ただ、今と違ったのは……愛想も良く、相手の心情を細部まで常に気遣っていたところだ。
……そうしていると、調子に乗り、見下してくるヤツは一定数いた。
そういう奴ほど、俺に近寄ってきて、そして つけ上がっていった。
学校で、同じクラス・同じ班の奴だからと、コミュニケーションを取り続けねば ならない状況も多々あった。
初めのうちは仕方なしに接していたが、我慢していたが……そうすると どんどんつけ上がっていった。
ある日、自分の両手に血が付着していることに気づいた。
そして、特に嫌いな奴ら4名が、呻きながら 横たわっていた。
記憶が、ひどく曖昧だった。
”ああ、俺は 我慢の限界を迎えて、古流柔術の技術をこいつらに行使したんだな”
……と、ぼんやりとした記憶を辿った上で、他人事の様に認識した。
声を荒げるでもなく、無言で――殴り・投げ・極めて……折ったのだ。
結果論だが、あれで良かったと思う。
(まあ、もし死んでたら豚箱行きだっただろうが)
「あいつらにも、良いところはある!お前自身は、悪いところが一切無いと言えるのか?」
……などと ほざく教員連中からは、めでたく満場一致で悪者と認定された。
加害者を性善説で、被害者を性悪説で語る、クズ共。
(更に言うなら、加害者と被害者……という構図そのものが逆転させられていた)
……そして、その後。
その4人は、一切関わってはこなかった。
他の生徒は、打って変わって、意外と友好的に接してきた……表面上は。
当時の俺は、”理解ってくれたんだ。変わってくれたんだ” と思った。
再び、愛想を良く、相手の心情の細部まで常に気遣った。
しかし、どんどん相手の態度が横柄に、なっていく。
不可解な事に、そういう奴はたまに脈絡なく……聖者みたいな美しい言葉を吐いた。
それでチャラになるとでも、マイナスの感情が裏返るとでも、思っているのだろうか?
ある日、また堪忍袋の緒が切れた。
第三者がいないところで殴った。脅して口止めした。
――同じニオイを感じる奴は、どこにでもいた。
俺に接してくる際の態度には……隙あらばクソみたいな自尊心を満たそうと、俺の態度を至極慎重にうかがう思惑が、明らかに見て取れた。
隙を見せてしまったら、”自分は安全圏にいる” と思わせてしまったら、以前と同じ様に……いや、もっと舐めた態度を取られるに違いない。
そいつの自尊心の低さを埋めるための――生贄にされるに違いない。
だから、俺は――誰に対しても愛想を良く、相手の心情を常に気遣う事をやめた。
次第に、”冷静沈着・感情の起伏が少なく、無表情” と思われる様になっていった。
結果、以前とは比べ物にならないほど、快適に過ごせた。
――それが、生来の性分に合っていたのか、その在り方に自分が適応していったのかは、未だにわからない。
精神に余裕ができた状態で、改めて 他の奴らを見ていると……表面上は仲良くしているように見えて、その水面下では熾烈なマウンティング合戦を展開している様に思えた。
滑稽だった。
その精神が。努力の方向性が。
自分を高める努力ではなく、他者を貶める努力。
吐き気が、した。
他の奴らは、自分を失っている。
――そして、自分を失わない為には、強さが必要だと、悟った。
だから俺は、圧倒的に強くある。
そうすれば、自分が自分でいられる。
――少年は、真新しい墓石の前に立ち止まり、日ノ国酒の一升瓶を供える。
そして、両手を合わせて目を瞑った。
マキさんは、俺の数少ない……本音で話せる相手だ。
本質的で、建設的な意見を話せた。
無表情な俺だが、内心とても嬉しかった。
……マキ部隊長が、味方5人が戦っている場所に一刻も早く行きたかった。
しかし、マキ部隊長からは、”敵の足止めを、最優先せよ” との指示があった。
だからこそ、敵兵がいる事を察知したら、察知できてしまったら……数百メートル先だろうと、その都度 そこへ向かい、そして殲滅した。
そんな事を繰り返していたら、”戦闘を終了せよ” との通知。
――その数分後、マキさんの殉職が通知された。
言い知れない、喪失感と脱力感に苛まれた。
俺がその場にいれば、背後からの不意討ちにも 何らかの対処ができただろう。
何故、もっと早く、もっと速く、向かうことが出来なかったのか?
――明白。
俺に強さが、まだまだ足りないからだ。
そして、今日、俺は――侍族・ヤマトは、決意を伝えに来た。
――マキ部隊長。
必ず、我々 国衛隊隊員があなたの意志を継ぎます。
”日ノ国を護る” という意志を。
――マキさん。
仇は、必ず取る。
マキさんと戦ったという、ヨハン。
マキさんの首を斬り飛ばしたという、ボブヘアの女。
そして、北夕鮮軍そのものが――俺の復讐対象だ。
また来年、来るよ。
――――「やられたらやり返せ。その為には 力が必要だ」
シンプルで無骨な この教えをくれた両親には、感謝している。
この国の教育機関では、こんなこと子供に教える親がいると知れたら、異常者扱いされるだろう。
……しかし、私自身が成長して視野が広がるにつれて、実感を深め続けている。
この教えは――世界の本質だ。
そんな事を考えながら、セツナは座禅を組んでいた。
……座禅を解き、別の部屋へと移る。
正座になり、仏壇に手を合わせる。
両親への祈り。
”今日から稽古を再開します。見守っていてください
――私達、姉弟を”
――命の重さは、平等ではない。
家族の死には、絶望し、涙を流し、丁重に弔う。
しかし、地球上の60億人の内、見ず知らずの1人が死を遂げたといって、(感傷に浸るために利用する奴はいても)いちいち心の底から悲しんでいる奴はいない。
その価値は、限りなくゼロに近い。
そして、正当な理由なく 罪なき他者に非業の死を与えた者――その命の価値は、マイナスだ。
博愛主義は、誰も愛さないのと同じだ。
優しさに、誠意で応えてくれる相手のみを、愛すべきだ。
(あ、恋愛的な愛ではないよ。この場合)
優しさに、更なる要求で返してくるような奴には、愛を寸毫たりとも与えるべきではない。
誠実な相手と、不誠実な相手を、平等に扱うなど……不義理にも程がある。
博愛主義など、本当に実践しつづけていたら、邪な奴に喰い物にされる。
いや、この国の政府は博愛主義……多文化共生を謳っているが、その実 日ノ国人に他文化を強制して我慢を強いている。
邪な奴を優遇して、どうする。
……まあ、利権だろうな。
不誠実極まる政治家共と、それを取り巻くクズ企業。
さらにその裏には、日ノ国を侵略したくてたまらない、シーナ国がいるのだろう。
――忍者族から、侍族全体へと協力要請があった。
”帰化歴の有無を調べたいので、戸籍謄本の提出をお願いしたい” との旨の要請が。
恐らく、政界や各省庁にも同様の協力要請が行っているだろう。
忍者族は、純日ノ国人でない者の炙り出し をしようとしている。
(侍族にも国際結婚者はいる。忍者族は国際結婚が不可)
その先で、何をしようとしているのかは、皆目見当がつかないが。
……しかし、何かをしようとしている、何かをするための準備をしている、それは確実。
何かが、変わる……のか……?
――マンションを出た。
川に浮かぶ カルガモの親子が見える。
国衛隊の訓練は、まだ再開されない。
だが、何もしないでいると考えすぎてしまうので、とにかく身体を動かしたい。
いつも通り原チャで行ってもいいが、今日は なんだか走りたい気分だ。
……平日昼過ぎの河川敷、人はいない。
全力で走れる!
セツナは、侍族の稽古場へ向かうべく、大地を蹴る――疾走する。
――――霊峰・恐山。
ゴツゴツとした岩場、血の様に真っ赤な水を湛えた赤い藻の池。
観光客たちは、疑似的な地獄を楽しんでいる。
そんな観光客たちを横目に――カズマは、奥へ奥へと進んでいく。
本堂の裏手に回り、そこにいる”従業員”に軽く挨拶を交わすと、”従業員 専用通路”へと案内された。
その先には――山の奥へと続く道が広がっている。
カズマは、歩を進める。足早に、誰もいない坂道をひたすら登っていく。
左に目をやると、その眼下に広がる美しい湖が 夕日を反射して眩しく輝いている。
日が暮れる前に、到着したい――急ごう。
――忍者族は、日ノ国に古来より伝わる山岳信仰の宗教である”修験道”をルーツとする。
故に 忍者族の拠点も、複数の霊峰の奥地に、人知れず存在している。
恐山は拠点の一つであり、総本山がどこに存在するのかは、新米であるカズマには知らされていない――
……1時間ほど歩いただろうか。
鬱蒼とした深い森の中に、突如として長い長い石段が姿を現した。
カズマは、その上へと視線を移す。
視線の遥か先に、小さく見えるのは――
悠久の時を感じさせる巨大な門、そして その両横に控える2名の忍者……門番の姿。
――新米忍者カズマは、石段を一歩一歩 力強く上がっていく。
自分の意向を、意志を、決意を――伝えるために。
――――マキと共に戦い、複数人の敵兵を葬ったオウカ。
国衛隊の審議会において、数人の幹部が ”オウカの武功を高く評価すべき” と声高に主張。
オウカは、将校の座へ一歩近づいていた。
加えて、部隊長マキから忍者族ハツメへと、殉職直前に最後のメッセージが送信されていた。
[オウカ隊員は信用できる。スパイである可能性は極めて低い。詳細は後日]
ハツメは、マキの意向を尊重――オウカをスパイ被疑者から、除外した。
……オウカは、それらを知る由もない。
――――1週間後、石垣島駐屯地での治療が終了。
(引き続き治療を受ける隊員も数名いる)
オウカとエレナ、そして他3名の隊員たちは 本土へと向かうため、防衛省と契約した民間のフェリーに乗っていた。
オウカとエレナは、そのデッキ部分のテーブルにレモンジュースを置き、椅子に座りながら 大海原を眺めていた。
……水平線に浮かぶ沖縄本島が、うっすらと見える。
――動員数32名中、死亡者9名。
甚大な、被害だ。
魚釣島での戦死者を弔うため、その遺体を回収しにいった者たちからの報告の一部が、隊員たちにも知らされている。
……そして、オウカとエレナにとっては、重大な情報も。
”カンナ隊員の愛刀が、何者かによって持ち去られていた”
「――マキ部隊長は、上に報告してくれてた。カンナ、最期まで信念を貫いたんだね。」
エレナは、オウカの心情を察しつつも……慎重に言葉を選びつつ口を開いた。
「ああ、カンナとは一緒に戦った。別行動の後は、ヨハンってヤツに……」
……カンナが最期まで戦った相手がヨハンであることは、国衛隊情報課から すでに伝わっている。
マキ部隊長と戦ったヨハンが、カンナを殺していた……という事実を知ったのは、石垣島駐屯地に来た2日後だった。
「……話そうか?私がカンナと共に行動した、数時間の出来事を」
エレナは、オウカの心情を理解・共感しつつも、話を聞きたい衝動……
……そして、自分に話すと言ってくれているオウカの決意をムダにしないために、静かに頷いた。
シーナ国で、味方が死ぬことは何回も経験した。
なのに何故、カンナの死が これほど自分の精神に影響しているのか?
信念への共感?心境への理解?……わからない。
オウカの語りは、自分自身に問いかけている様にも、見て取れた。
……オウカは、一通り話した後、改めて口を開く。
「私も知りたい……カンナって、普段どんな子だったの?」
――――同時刻。
それは、ありとあらゆる動画サイトやSNSで拡散されていた。
「まさか、あの平和なハズの日ノ国が……こんな事態に」
世界中が、そんな意見で溢れかえっていた。
火種は撒かれた。
巨大な悪意に 突き動かされ、大悪が実行に移される。
北夕鮮 総統ギムは――日ノ国本土への侵攻の意思を、正式に表明した。

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