I-State -侵略国家- 第7話「レッドオーシャン」

 

――――”2つ目の通知” が視界に現れた時、部隊長マキは目を見開いた。

”2つ目の通知” は、隊員たちの士気に関わる為だ。

特に、新米隊員が多い 今回の様な場合は、重要な情報の通知・共有には、一時的 または 永続的に制限がかかる事がある。

そして その通知の有無は、隊員たちの経験などを考慮し、予め国衛隊 情報課の判断で設定されていた。

”2つ目の通知” が即時共有されたのは、マキ、ケンジ、そして単独行動者2名(ヤマト・カズマ)と、新米隊員以外の数名だ。

(あの後、ヤマトは1人で、独りで、森の中を進んでいった)

 

――続いて、国衛隊 情報課から、マキへと指示が入った。

「クソッ。”至急、目視で確認しろ” という指示だ。のんびり してやがる!」

マキとケンジは、リーダー格であろうヨハンを発見する為に動きつつ、戦闘中の味方にも合計3回加勢していた。

とうぜん、動けば動くほど、徐々に疲労も蓄積されていく。

 

そして今は、1つ目の通知──カンナがヨハンを発見(視認)したとの報告が情報課から来た後、カズマが現場へ急行・尾行してくれている地点へと、マキも急行している最中だったのだ。

 

――マキは、部隊長としての責任の重さを 痛感せざるを得なかった。

アメルカとの集団的自衛権があるから、こんな――極めて重大な事態、つまり交戦状態突入などは起こらない、起こる確率は極めて低い、と思っていた。

国衛隊の上層部にスパイが紛れ込んでいようと、スパイが裏工作をしようと、ここまでの事態になる確率は極めて低い、と思ってた。

(マキだけではない、国衛隊の大多数の人間も同じ考えだったに違いない)

 

――しかし、実際に起こってしまった。

一刻も早く対応して、犠牲を最小限に留めねばならない。

不幸中の幸いか、ヨハンの進行方向は北、2つ目の通知が示す地点は北西。

まるっきり別方向……というわけではない。

──すでに憔悴しているケンジに対し、マキは命令しなければならなかった。

「走るぞ。そこまで10分前後ってとこか」

 

 

――――3名の敵兵から追跡されながら、森の坂道を駆け上るオウカは――突然、立ち止まった。

そして、そのまま立ち尽くしている。

敵兵3名は、3分ほどオウカを追跡、足場の悪い坂道を駆け上がっていたので、息を切らしていた。

ぜえぜえ、と激しい呼吸音の重奏と共に、オウカを取り囲む。

 

オウカの視界には、マキが受け取った ”2つ目の通知” と同じ内容が表示されている。

――敵兵1名が、オウカのガラ空きの背中に、軍用ナイフを片手に襲い掛かる。

-ゴッ-

襲い掛かった敵兵の視界には、突如として青い空が広がり――直後、覆いかぶさる様に 黒い闇が視界を包む。

失神した男の身体は、どさっ、と地面に倒れて 横に1回転して止まった。

 

右の裏拳を放ったオウカは、通知された内容を確認して――後悔した。

そして、走り出す。

敵兵2名がいる間を、走り抜ける。

敵兵2名は、吹っ飛ばされ失神した男を見て呆然としながら……オウカの背中を見送った。

 

――オウカは、走りながら考える。

私の判断が間違っていたのか?

……いや、それは結果論だ。

私は、どうすべきだったのか?

あの時点の情報では、あの判断がベストだったのか?

 

オウカの思考は混乱していたが――極めて迅速に、自身の身体を目的地へと運ぶ。

深い森の中――樹々を、草木を、岩石を。躱し、飛び越え、走る。

脳内は混沌としていたが――極めて正確な判断を、身体が下す。

祖国・シーナ国軍で五体に叩き込んだ、高速移動術パルクールを存分に駆使し、表示された地点へと向かう。

 

――数分後。

私が全力で走ると、新米隊員として不自然なスピードで移動すると、情報課に怪しまれるのではないか?……という懸念が脳裏をよぎる。

その気付きが、脳内に新たな混乱――さらなる混沌をもたらした。

”たまたま、障害物がとても少なく、適度な下り坂で、足場も良くて――速く走りやすい地形だった”

そんな言い訳が浮かんだので、全速力の移動を続行した。

 

 

――――多くの他隊員に対し、セイイチが持っている優位性――深く考える事。

セイイチは、鍛錬を始めたのは15歳。

国衛隊を志し幼少より鍛錬してきた者たちに比べ、明らかに遅い。

つまり、明らかに――現時点での技量が劣る。

 

徒手格闘では……全力で撃っても打撃は弱いし、予備動作も大きく相手に悟られやすい。

長年鍛錬してる者には、打撃力、予備動作の無さなど、あらゆる点で到底敵わない。

武器格闘では……力も技術も低い。

重い日ノ国刀を自在に扱うには、筋力は足りず、精妙な身体操作もできない。

手裏剣類も、速く遠く、飛ばすこともできない。

 

――だからセイイチは、創意工夫をした。

ガリ勉だった頃に、合理性と効率性を追求する本質的な思考を、身に着けた。

クラスメイト達が、予め決められた正解を暗記する事だけに思考力を費やしている中、セイイチは どんな勉強法が良いか……を考え続け、試行錯誤をし続けた。

脳科学の書籍やWe Tube動画を見て、専門家の研究結果やインフルエンサー達の思考回路を、自分の勉強に落とし込んだ。

結果、全国で30位に入る位の――天才的とは言えないが、充分に秀才と言えるレベルの成績を実現した。

創意工夫の、強さを知った。

 

――先程戦った場所から少し離れたところで、数分間 横たわり目を閉じて休んでいるセイイチ。

エレナは、見張りをしてくれている。

エレナとの体力の差が、セイイチの体力不足が、顕著に可視化された。

 

――見栄を張って、”休憩など要らない” と余裕を見せつけたい衝動は、セイイチの中にもあった。

しかし、それを遥かに上回るのは、セイイチの信念――に支えられた、冷静な判断力。

自分のちっぽけな虚栄心を俯瞰したうえで、体力を回復させる選択をした。

女の子に護られるなんて、男として恥ずかしい……とは思わなかった。

エレナは、僕なんかよりも強い国衛隊 隊員なのだ。

恥ずべきは、恐れるべきは、自分のプライドを優先して……戦闘中にエレナの足を引っ張る事だ。

だから、数分間、横になり回復に努めている。

 

「――ありがとう。もう大丈夫だ」

起き上がりながら そう言ったセイイチは、さらに言葉を続けようとしたが、やめておいた。

エレナが気を遣ってくれる、フォローしてくれる、それが目に見えていたからだ。

”僕は弱い。すまない”

その言葉を、心の底に仕舞い込んだ。

――そして、気を遣う必要がない、フォローする手間が無い言葉を口にした。

「強くなるよ。必ず」

決意を新たにしたセイイチは、エレナと共に――再び歩き出した。

 

 

――――”2つ目の通知” を受け取ったマキは、ケンジと共に ”現場” へと到着した。

それを視認したマキの表情が、一気に強張る。

そこには、心臓部を刀剣類で貫かれたと思われる――カンナが、仰向けに倒れていた。

緑マーカーは、消滅している――つまり、生体反応がなく、死亡しているのだ。

 

――マキは、空中を2回タップ、仮想キーボードを叩き始める。

部隊長として、一秒でも早く情報課ひいては上層部への報告をせねばならない。

[〈緊急連絡〉カンナ隊員の死亡を、現場にて目視確認。新たな指示を、求む]

”新たな指示” とは、つまり――

 

――報告を終えたマキは、改めて地面に横たわるカンナに視線を移す。

心臓部および右肩から、血液が流れ出し続ける。

仰向けのカンナの身体の周りには、血だまりが形成され――広がり、そして地面へと吸い込まれていく。

 

――右手で、カンナに触れてみた。

まだ、体温は温かい。

数分前までカンナは、生きて動いていたのだ。

敵と、最期まで戦ったのだ。

――左手に握られた日ノ国刀が、それを物語っている。

 

……感傷に浸っている暇は無い。

次の死亡者を出す前に、部隊長として次の行動を――

 

――!!

背後から、何者かが近づいてくるのを察知したマキは、即座に振り返る。

鬼気迫る表情を浮かべている、その人間は――オウカだ。

ペア組んだ者には、ペアを組んだパートナーの死亡が、即時通知される。

 

――オウカは、立ち尽くした。

さっきまで共に戦っていたカンナが、力なく横たわっている。

今までは、国衛隊の同期として業務上必要な事は 何回か話したが、それ以外では数回、表面的な話をした程度だった。

深い話をした事は、一度も なかった。

しかし、今日。

この魚釣島でペアを組んだ ごく短い時間で、カンナの――その深奥、本質に触れた気がした。

その数十分後の現在、カンナはもう――この世にはいない。

 

――オウカは、カンナの顔を見た。

右肩を刺突され、利き腕を使えなくなって、なお勝ち目の無い敵に対して向かっていったのだろうか?

身体が ほぼ戦闘不能になっても――最期まで、敵を見据え続けた。戦い抜いた。

そんなイメージが脳裏に浮かぶ、表情をしていた。

 

マキは、オウカの心中を察しながらも――知りたい、聞きたい衝動を抑えられなかった。

「――カンナ隊員の、左手の甲の傷は?」

「カンナの信念が、本物になった瞬間――武士道の証です」

オウカは、新米隊員として自然な行動――もっと狼狽える演技をすべきだ……と思いつつも、それを実行できなかった。

態度で嘘をつくのが……カンナに申し訳ない、と思ったからだ。

 

――オウカは、カンナの顔に手を伸ばし――静かに、両目を閉じさせた。

 

 

――――カズマの脳内では、自分への称賛と 自分への怒りが衝突し続け、混沌とした精神状態を成していた。

 

……自分への称賛。

任務を最優先した事。

個人的な感情を抑え、任務に徹することが出来た事。

 

……自分への怒り。

眼前数十メートル先で、敵を相手に最期まで立派に戦い、そして殉職した味方――カンナを、見殺しにした事。

剣で突かれ、激痛に悶える表情を浮かべ、血に染まっていく女の子を、俺は見殺しにしたのだ。

”カズマよ──お前は、人の心が無いのか!?”

そんな事を、自問自答していた。

 

……任務に集中しなければならないのは、充分理解している。

だが、心の奥底では、自己肯定と自己否定が、思考と感情が、マグマの様にドロドロと渦巻いている!

 

血の涙が出る!

脳が赤く沸騰する!

──ダメだ。

気が狂う!!

 

――そういえば、忍者系VTuberっているが、一般に知られてる内容ばっかだし、あれ忍者族じゃねーな。

もし身内なら、あんなん余裕で制裁対象だわ。

つーか、LIMEで機密情報やりとりしてる先輩いるが、もっと気を付けるべきだ。

兵糧丸、もっと味のバリエーション増やしてくれよ。

……同じ基地の剣術教練で、いつも見かける隊員がいる。

”あの女の子、可愛いな” と思ったら、”男の娘” だったのは、ビックリしたなぁ。

同じモンが付いてんのかよ。

一向にカマわんッッ!……ってかァ!

ははははははッ!!はははあはぁ……。

……………………。

――――――――。

ふぅうぅぅぅ――。

カズマは、感情を何とか整えた。

だが、俺が人の心を一時的に(?)失っていたおかげで、この先の新たな殉職者を減らせる。

――そうに決まってる!

 

なぜなら、俺は今――ヨハンを尾行している。

――カンナがヨハンを視認した瞬間、俺に(マキ部隊長にも)通知が来たので、現場へ急行。

そして、カンナに加勢する――つまりヨハンを背後から奇襲、リーダー格であろうヨハンを倒す目的を、この場で達するか……も当然考えた。

 

……が、俺とヨハンの実力差は……歴然なのは明白。

俺も倒され……いや 殺されて、その後はヨハンの動向を掴めなくなってしまう。

だから、自分の指に、腕に、爪を喰い込ませながら、静観を続けた。

そして――カンナが地面に倒れた後、その場を立ち去るヨハンを尾行している。

カンナの死亡確認や、開いたままの目を閉じさせたい、という想いはあったが――尾行を最優先するため…………放置した。

 

──いや、自分が見殺しにした結果、血に染まった女の子……の遺体を直視してしまったら……

もう正気を保てない、本当に気が狂ってしまうと思い、近づくことすら出来なかった――というべきかもしれない。

 

……とにかく!

リーダー格であろうヨハンは、本隊とも そう離れていないはずだ。

そろそろ、味方と、本隊と合流するはずだ。

 

マキさんにも、国衛隊情報課にも、この情報は共有されている。

俺が尾行を続ければ、国衛隊の味方が集まる。

”多 対 少” で叩ける!

 

――終わらせる!

今日が初対面だろうと、気心知れてるわけでもなく お互い何も知らないヤツだろうと……

味方が、同志が死ぬのは……もう、うんざりだ。

 

――カズマの瞳孔が、開いた。

目論見は、当たった。

カズマの視線の先には、赤マーカーが表示された敵7名と合流する、ヨハンの姿があった――

 

 

――――国衛隊の正規隊員となって、2年が経つ。

過酷な訓練をなんとか こなし、平均的な成績をキープしてきた。

上を目指してはいるが、それは他の隊員も同じだ。

少しずつ強くなってはいるが、それは他の隊員も同じなので、相対的には……3歩進んで2歩下がる、時には4歩下がる……を繰り返している。

まあ、切磋琢磨して高め合っている……と解釈しよう。

 

他の隊員と接する総時間が増えるに従い……

深く接する相手。
良い人っぽいけど、なんとなく表面的な接し方に留まる相手。
嫌いではないけど、なんか波長が合わない相手。
嫌いだから、接さず距離を取る奴。

――に、明確に分かれてきた。

 

同じ基地の同期で、嫌いではないけど なんか波長が合わない相手は、アキルという同年代の少年だ。

(彼の親は、命名を ”アキル” か ”アキラ” どちらにするかで、かなり悩んだ……と、入隊式の自己紹介時に、本人が言っていた。

キラキラネームなのに陰キャ、か……)

 

アキルはこの任務には来ていないが、同じ基地で訓練をしており成績は優秀だ。

俺は、組手で一度も勝てたことはない。

いつも物静かだが、訓練中の彼を見ていると――何か、強力な原動力を心に宿している様な、そんな印象を受ける。

その実直さに少しばかり感銘を受けて、2回ばかり話しかけた――が、あまり話す気が無いようだったので、それ以来は(業務上、必要な事以外は)話しかけてはいない。

 

そして今、俺、シンジは――深く接する相手2人(少年1人・少女1人)と共に、魚釣島の深い森の中を進んでいる。

シンジが前を歩き、少年と少女がその数メートル後ろを歩いている。

――視界が開けた。

小さな草原。

前方に敵はいない。潜む場所もなさそうだ。

頭上には青空。

視線を遠くにやると、距離300メートル以上先に、高さが25メートル以上ありそうな巨大な樹――の上を、鳥の群れが飛んでいる。

 

――シンジは振り返る。

「大丈夫か?」

シンジは、共に行動している少年の左肩から――血が流れているのを案じた。

先ほど遭遇した敵兵1名が放った、シーナ国由来の武器・飛刀――が、肩口に当たり、そこから血がだらだら、と流れている。

(敵兵は飛刀を投げて、そのまま逃走した)

敵兵が放った武器・飛刀は、柳の葉の様な形状をしており、忍者族の武器・棒手裏剣の先端をかなり太く、握りの部分を少しだけ太くしたような形状をしている。

(棒手裏剣と苦無手裏剣の、中間の様な形状だ)

「ああ、さっきの野郎の身体に、これを返却しなけりゃ気が済まんわ」

少年は、右手で自身の血が付着した飛刀を持ち、にっ、と笑って見せた。

 

少女は、少年の肩を撫で、心配そうな表情を浮かべている。

「無理しないでね。身体は替えの効かない資本だよ。もっと、自分の心身のケアも――」

「お前は俺のオカンか?なら毎朝、俺のメシを作ってくれ」

「なっ……何言ってんのよ、急に……バカ!」

「え?」

シンジは、その会話を聞きながら、くすっ、と小さく笑う。

「 ”マキ部隊長へ緊急連絡!壮絶な痴話喧嘩が勃発。至急、野次馬の増援を願います” ……送信」

「おい!×2」

少年と少女のツッコミが、見事にオーバーラップした。

相性バッチリじゃねえか。披露宴でのスピーチは、俺に任せろ。

 

――先ほど、襲撃された時の緊張から解放され、やや饒舌になっていて緊張感が足りない気もする。

……が、緊張してガチガチになるよりかは、緊張感が足りなくてもリラックスしている今の方がマシだろう。

後ろに敵がいないのを改めて確認したシンジは、再び視線を進行方向へと移す。

 

-ひゅんっ-

ん?鳥の鳴き声か?なんつーか、個性的だな。

外界と隔絶された尖閣諸島だ。ここにだけ生息する固有種がいるのかもしれない。

――うわっ!

後頭部や首の後ろに、生温かい液体がかかった!

鳥のオシッコだろう。

俺、こう見えて綺麗好きなんだがな。

まあ、しゃーないか。

 

「――柔らかい風が吹いてる。お前らの新たな門出を祝福してるんだな」

後ろから、シンジに向かって、未来の夫婦からの ”だから違げーよ!×2” のツッコミが……来ない。

あ、やべ、これは――無言で背中にグーパンチが来るパターンだ!

誠心誠意、ニヤニヤした面持ちで謝罪せねば……。

 

――え?

後ろを振り向いたシンジの至近距離に、2人の顔があった。

いや――2つの生首が、真っ赤な血と共に宙を舞っている……というべきか。

2つの生首は、シンジを じっと見ながら、ぱくぱく、と口を動かしている。

……が、発声に必要な――肺から送り出される空気が供給されないので、何を言ってるのかわからない。

2つの生首がシンジの顔面に衝突し、鈍い音が発せられると共に、シンジは後方へ勢いよく倒れた。

2つの生首は、地面に着地し、少し跳ねた。

――そして、口の動きが遅くなり――数秒後、完全に停止した。

 

――シンジは、その光景を呆然と眺めている。

状況は理解できる。

だが、実感がまるで湧かない。

ああ、2人とはもう話せないんだな、とは思ったが。

状況は理解できる。

首を、斬り飛ばされたのだろう。

そして、間もなく俺も――

 

2つの生首の向こう側に、頭部と切り離されて突っ伏している 2人の首無し人間の向こう側に――

――20代前半のボブヘアの女性が、静かに立っていた。

右手には、日ノ国刀に似た武器が握られている。

鏡面の様に美しい その刀身には、真新しい血が付いている。

 

シンジは、半ば放心状態のまま、手甲から棒手裏剣を右手で取り出した。

そして――全力で、投げてみた。

 

――その動きは、美しかった。

女性は、流麗な動きで上段の構えを取り――静かに振り下ろした。

-キンッ-

ふわっ、とシンジの顔を 刀が生み出した風が、撫でた。

――2つの、長く・細く・黒い物体が、地面に落ちた。

棒手裏剣が、綺麗に真っ二つに割れていた。

女性の一連の動作は、恐ろしく速かったのに――美しい舞いを見ているかの様だった。

 

――女性は、一歩一歩、近づいてくる。

その右手には、大陸で製造された日ノ国刀―― ”倭刀” が握られている。

女性は その刀身を、身体の左側にゆっくりと構える。

尻もちをついたシンジを、じっ、と見つめている。

”ああ、俺、死ぬんだなぁ……”

シンジの呼吸は、激しく加速していく。

 

――その時、脳裏に2人との想い出が高速再生された。

そして、想い出した。

3人で、命を懸けて日ノ国の平和を護ろうと決意した、あの日の記憶を。

 

――シンジは、自身が死の瀬戸際にいる事を受け入れ──大きく息を吸い、そして大きく吐いた。

全身に力を入れ、心に火花を散らし、爆発させようとしている!

親友2人を殺された……怒れ!怒り狂えっ!!

シンジは、懐から武器を取り出しながら、吠えた!

「俺は……てめえをォッ!」

胸の奥底から湧き上がる 怒りの感情を――!!

 

-ひゅんっ-

――赤い血が、宙を舞った。

女性のボブヘアが、風になびいた。

 

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