――――マキは、味方であるカズマ隊員がいる地点へと急行していた。
なぜなら、カズマが敵のリーダー格であるヨハンを尾行しているからだ。
そして、ヨハンが本隊と合流したから。
――つまり、ヨハンを含む敵本隊8名を、味方で取り囲み――殲滅する絶好の好機!
――国衛隊隊員カンナの殉職を確認した直後、オウカ隊員と合流。
そして、私はその後すぐに、カズマ隊員が視認し続けているヨハン含む敵本隊の居場所へと、走り出した。
(オウカ隊員は、カンナ隊員の両目を閉じた後、そこに膝をついて黙祷をしていた。親中察するに余りある)
ケンジは、「遅い俺に構うな。先に行ってくれ。すまん」と行った。
あと5分くらいでヨハン含む本隊の位置まで、行けるか?
他の隊員達にも、情報課から ”ヨハン含む本隊がいる地点へ急行、見つからぬ様に待機せよ” という主旨の指示が行っているはずだ。
私と同じ地点へと、急行している。
無論、大勢が揃うまでは待っていられない。
それだけ時間がかかる。時間がかかるほど、魚釣島に散っている敵兵たちも、徐々に本隊に戻ってくる。
その前に、ある程度の頭数が揃ったら、タイミングを見計らって一気に――
――マキの元に、国衛隊の情報課から ”新たな指示” が届いた。
(送信元は情報課からなのだが、この ”新たな指示” は極めて重要な為、上層部の許可が必要。なので、実質は上層部からの指示といえよう)
それを確認したマキは、脳内で――電気信号が激しく発火した。
両腕に、血管が浮き上がる。
青筋が立っていく。
――冷静沈着に、怒りと暴力性を遺憾なく発揮できる。
「はああああぁぁぁ――」
マキは、走りながら、長く息を吐く。
眼は、完全に据わっている。
――完全に据わった眼が、斜め右前方へと視線を移した。
一直線に走っていたが、そちらへと方向転換。
マキは、左手で鞘を支える。
――怒りの感情は、”暴力衝動” と、それを ”抑制する理性” が、衝突して生まれるのではないか?
そんな事を、以前考えたことがある。あながち間違ってもいないだろう。
なぜなら ”殺意” に没頭できる今は、怒りの感情を忘れている……少なくとも自覚できないからだ。
――マキは、右手で日ノ国刀の柄を握る。
眼前にいる――2名の男。敵兵。
大陸製の剣を持っている。構えた。
峰打ちは、もう不要だ。
――極限まで、没頭――
血が舞った。
生首2つと共に。
”あれ、空を飛んでる?俺……×2”
――回転しながら宙を舞う2つの生首は、走り去っていくショートヘアの女を視認する。
”くそっ、突破された!すぐに追いかけ――×2”
ショートヘアの女を追跡すべく、走ろうとするが、一向に――走れない。
”ん……首なし人間が2体、立ってるな……×2”
回転する2つの生首同士の視線が、合った。
”ああ……俺たち、もう一緒に……酒を……×2”
2つの生首が、地面で少し跳ねた。
”……………………×2”
――マキを含む全隊員の視界に表示された、”新たな指示”
[〈重要〉尖閣諸島において、敵兵の殺害を全面的に許可する]
【敵兵を殺害する許可】
”敵兵を見つけ次第、殺害してもよい” という指令だ。
それはつまり、尖閣諸島での小競り合いの域を遥かに超える――
北夕鮮との全面戦争が始まる事を、意味していた。
――――カンナへの黙祷を、10秒間。
オウカは、当然もっと長い時間黙祷に捧げたかったが、急がねばならない。
味方が、敵本隊を発見・位置を共有している。
先に行ったマキ部隊長の後を追い、敵本隊のいる その位置へと急行せねばならない。
――カンナの遺体から視線を逸らした。
今生の別れ。
――走る。
精神状態は、落ち着いている様で、浮足立っている。身体がぐらつく。
ああ、この感覚は……落ち着いてるんじゃない。
深層意識では、混沌として無秩序な思考が、方向性無く暴れている。
顕在意識では、まともに思考できない。思考することを放棄したがっている。
”――ああ、脳が悲しい時に分泌する液体を、両目から流し始めた。鼻水も出てきた。垂れそうだ。息がしづらい。うげっ、口に入った。しょっぱい。ポケットティッシュ……あった。両目を拭え。鼻に当てて、ずびびっ、と 鼻をかめ。……やむを得ない、ポイ捨てしろ。おい、しっかりと前に意識を向けろ。敵兵が現れたら、どうする”
――深層意識に、自分の心にじっくり向き合う為の、時間的余裕も 精神的余裕も無かった。
《別行動さえしなければ、カンナは死ぬことはなかった》
混沌な思考に溺れる深層意識から、最も強く、幾度となく発せられる その思考。
顕在意識は、必死で逃れようとする。
”何度も言うけど、それは結果論だよ。深層意識って、駄々っ子みたいだなぁ”
――オウカは、自分を俯瞰し続けることで、ギリギリで精神を保っていた。
――――右手には大太刀、左手には小太刀。
両手に、長さの違う日ノ国刀を握っている。
外ハネを効かせたセミロングの茶髪。美少女なのに ”性格キツめ” の印象を与える目つき。
――セツナは、横たわる4名の――真新しい遺体を見下ろしていた。
いずれも、果ててから数秒から数十秒しか経過していない。
――ペアの男と共に森を進んでいたら、緊急指令が来た。
[敵小隊リーダー格ヨハンを発見。至急現場へ急行せよ]
だが直後に、3名の敵兵と遭遇。
お互い、無言で武器を構え――戦闘が開始された。
敵兵3名の内、ペアの男が対峙した1名は……まあまあ強かった。
ペアの男は数秒であっけなく倒された。そして、剣で喉を突かれ――絶命。
その時点で私は、峰打ちで敵兵1名を倒した。
(そのまま顔面を踏みつけたら、身体が びくんっ、と痙攣して気絶した)
――残る敵兵2名の内、弱そうな奴を先に片付けようと動いた瞬間――”その情報” がポップアップで表示された。
すっげえ気が散るな……とイラついたが、その内容は一秒でも早く確認すべきものだった。
[〈重要〉尖閣諸島において、敵兵の殺害を全面的に許可する]
――赤文字で表示された その通知を確認すると同時。
数歩下がった。敵兵と距離を取った。
大きく息を吸い、長く息を吐く――思考のノイズが、消えていく。
没頭――
――15秒後、現在。
セツナの両手には握られた日ノ国刀には、敵兵2名の血が付いている。
……気絶させた敵兵1名。目を覚ましたら、味方が危険に晒される。
切っ先を、喉に……突く。最期の痙攣。血の噴水。後味が すっげえ悪い。
――戦死者4名の遺体が、セツナの視界に横たわる。
-チャキッ-
2本の日ノ国刀を、鞘へと納めた。
――セツナは、ペアの男を見下ろす。
カッと 目を見開いたまま果てた、死に顔。
今日が初対面。お互い何も知らない。
ペアを組んでいた数十分、話したのは互いの所属と名前。
そして、お互いの戦い方を考慮した上での、大まかな戦術。
それだけだ。
いや、お互い何も知らない方が良い。
ペアが死ぬんだったら――同じ釜の飯を食った人間ではなく、よく知らない人間の方が冷静でいられる。
――せめて目を閉じさせてやろうと思い、手を伸ばし――
……いや、ダメだ!
任務を最優先しなければ。
この遺体の目を閉じて、感傷に浸ることで――私は、何を得る?
”自分は優しい人間だ” ……という、自己満足か?
その時間、その精神力をここで浪費するより、任務遂行に使うべきでは?
一刻も早く、指示された場所へと急行すべく森の中を進むべきでは?
セツナは、眉間にシワを寄せながら……伸ばした手を引いた。
ぐっ、と唇を噛みしめ――走り出した。
――大きく息を吸い、長く息を吐く――思考のノイズを、消していく。
――ペアは良く知らない奴のが、死んでも気が楽だ。
というか正直、私も単独行動したかった。
ペアを組んだ相手に、足を引っ張られたら たまらんし……
逆に、私が足を引っ張ったら……相手に申し訳なくて、地面に頭こすりつけて土下座したくなるだろう。
もし、ペアを組むなら……弟。
昔は可愛かったのに、今は生意気。
昔は ”お姉ちゃん!” と呼んでくれてたのに、いつの間にか ”姉貴” になり、今は たまに ”セツナ” と、呼び捨てにしやがる。
呼び捨てにされる度に、私は ”姉貴と呼べ” と、ド突く。
……しかし、第三者がいるところでは、一貫して ”姉貴” と呼んでくれる。
だから、弟とならペアを組みたい。
侍族として生まれ、幼少より共に剣術鍛錬をしてきた弟。
生きるも死ぬも、一緒が良い。
――指示された位置までは……遠い。森の中は走りにくい。
到着まで、15分はかかるな。敵に遭遇しないと、甘く試算しても。
せっかく敵本隊を取り囲めそうなのに、15分も待ってたら――絶好のチャンスを逃さないか……?
……いや、今は 一秒でも早く指示された場所に行くことに、集中しよう。
――二刀流剣術・二天流を、幼少より五体に叩き込んだセツナは、無心で走る。
走っている途中、ペアを組んでいた男の……カッと目を見開いたまま果てた、あの死に顔が――脳裏にフラッシュバックした。
――大きく息を吸い、長く息を吐く。
走りながら、それを何回も繰り返した。
――――ケンジは、敵の本隊がいる方向へと走りながら、2つの事を考えていた。
1つ目。
北夕鮮が、交戦状態に誘導した理由は?
つまり、尖閣諸島での領海侵犯および日ノ国からの退去要求を無視した理由は?
日ノ国と北夕鮮は、この魚釣島での局所戦に留まらず、全面戦争へと発展することは……ほぼ必定。
――だが、日ノ国にはアメルカとの集団的自衛権がある。
つまり、北夕鮮は……日ノ国に加勢するであろうアメルカとも事を構える、戦争をすることになる。
不可解。
北夕鮮は、世界一の軍事力と目されるアメルカはおろか、日ノ国の総戦力よりも下だ。
なのに何故、日ノ国との戦争を……?
2つ目。
自分の不甲斐なさ。マキへの申し訳なさ。
同期であるマキは、部下がミスしようと、一生懸命やった結果のミスなら注意に留める。
そのミスにより自分の負荷が増えようと、決して感情的に怒ったりはしない。
――しかし、相手への配慮に欠く言動、には……ブチギレる。
例えば、以前 俺が同期生の1人を、何回もしつこくイジっていた事がある。当時の仲間と複数人でいる時に、俺が率先して。
(訓練で思うように結果を出せず、自己肯定感が低下していたのを回復したかったからだ)
イジりを起点にして楽しい会話を展開するのではなく、イジりを繰り返し意図的に相手の自信を下げて優越感を得るのが目的だった。
……マキは、しばらく何も言いませんでした。
しかし、ある日とつぜん、マキはブチギレました。
校舎……じゃなかった、隊舎の裏に呼び出され、マキは存分にブチギレました。
0から100って感じで。
(中間が存在しないのでしょうか?)
ゴッ、ゴッ、と……電柱を強く数回 殴りながら。鈍い音を立てて威嚇しながら、
”返答を間違えたら、暴力を行使しますよー” って感じの、超サディスティックな表情で。
「相手の表情、見てみろよ。喜んでいる様に見えたか?楽しんでいる様に見えたか?
ああ?ゴラァ!!」
俺も後に引けなかった、男としてのプライドがあった。言い返そうと思った。
でも、自分が悪いと反省して素直に……ではない。
マキが、怖かったから……反射的に謝った。何も考えずに。
俺が同期生の1人を執拗にイジっていても、マキは何も言わなかった。しばらくは。
だが、0から100……ってのは、外から見た言動であって、マキは思考していた。
”あれは、お互いの信頼関係があってのイジりなのか?イジられた側は、オイシイと思ってるのか?”
そういう事を、慎重に推し量っていたんだろう。
自分の訓練や業務を俺なんかより 遥かに優秀にこなしつつ、そんな思考をさせた。思考力をムダ使いさせてしまった。
――その後、何回も その時の事を思い出していた。
マキが怖かったから――他者への言動に配慮する様になった。
そうしているうちに、他者への配慮が普通にできるようになっていた。少なくとも以前よりは格段に。
当時の仲間とも距離を取った。徐々にフェードアウトし、離れた。
……親による子への教育には、恐怖が必要なのが、よく理解できる。
子は成長するにしたがって、自分の為を思っての恐怖教育だったと理解するならば、いずれ感謝する。そうでないなら、恨み続ける。
(まあ、マキはあの時点での俺を ただの敵と認識していた。俺から被害を受けていた同期生の為を思っての行いだが……結果として、俺はマキに感謝している)
――俺、マキと同い年なんだがな。
とにかく俺は、マキのおかげで変われた……様な気がする。たぶんおそらく。
――部隊長という立場は、マキのリーダーシップを存分に活かせる肩書であると共に、時として その暴力性を抑えつけねばならない枷にもなりうる。
マキにより適しているのは、部隊長か?平隊員か?
より発揮すべきは、リーダーシップか?暴力性か?
――そのどちらを優先すべきなのか?
俺には、わからない。
マキは、凄まじい速度で敵本隊の元へと向かっている。
あれだけ動いたのに、こんな速度で走るか……。
なんつースピードとスタミナだ。
今頃、鬼の様な顔をして、憎っくき敵兵を倒し……いや、殺しているに違いない。
少なくとも、数人は。
俺も、急がなくては。
――!
マキから、個別の指令が来た。
(走りながら、仮想キーボード叩いてんの?)
俺に与えられた任務。
(他隊員にも、必要に応じて個別の指令が行っているハズだ)
敵本隊のいる場所に到着したら――俺が、口火を切る。
……任せてくれ、マキ。
――走れ。
マキは、今回の任務にあたり、他に強い人間はいくらでも選べたのに――俺を、補佐役に任命した。
その信頼に、応えなくては。
――――ヨハンは、先刻 自らの手で葬った日ノ国の少女・カンナを思い出している。
自分より圧倒的に弱い少女が、強固な意志を持って、最期まで戦った。
その記憶を、思い出している
――同時に、
2年前に新米隊員として入隊してきたテソンと、訓練で初めて ”散打” をした時の事を思い出している。
……歯が立たなかった。
突きも、
蹴りも、
組技も、
投げ技も。
全てにおいて、面白いくらいに歯が立たなかった。
――絶望。
”自分は、血の滲む思いで鍛錬――これまで積み上げたきた物は、無意味だったのか?”……と
稀に訪れるラッキーパンチすらも、超高度な身体操作で、その威力を無効化された。
その後、鍛錬を重ね続けてはいるが、その差はどんどん広がっている。
次第に、絶望するのにも、慣れてしまった。
いや むしろ、こんな人間が実在するのか!……という感嘆の方が上回っているのかもしれない。
到底 手が届かない才能の存在への感嘆の反面、自分に対する幾度の無力感を重ねながらも、鍛錬を続けていられるのは――信念。
総統への忠誠心があるからだ。
――今、自分は、初めてテソンと対峙した時の自分自身の心境を、あの少女に重ねているのかもしれない。
――ヨハンの視界に、”また” 報告が届いた。
”北夕鮮軍の兵の死亡報告”
2名が、同時に死亡した。
ヨハンは、拳を強く握る。骨が、軋む。
魚釣島全体のマップを表示しているヨハンは、戦況を確認する。
――数秒後、2名が死亡した地点から北東へ80mの位置。
そこには 緑シグナルが3個、つまり味方が3名。
その至近距離に、赤シグナルが1個表示された。
つまり、味方3名が、敵1名を視認――
…………!?
――緑シグナル3個、赤シグナル1個が消滅した!?
味方3名が……殺害された。
また、同胞が失われてしまった。
敵1名を……見失った。
一瞬で2名を絶命させた敵。その進行方向は――明白だ。
その人物が向かう先は、ここ。つまり――私、ヨハン率いる本隊の元へと向かっている。
――また、別の方角……かなり離れた東の方角で、味方3名により、敵1名が視認された。
敵は西へ……つまり、同じく我々 本隊のいる この地点を目指している。
……緑シグナル3個、赤シグナル1個が消滅……。
味方3名が一瞬で殺害されて、敵1名を見失った。
それ以外の場所でも、視認されている敵は、この本隊のいる地点へと向かっている様だ。
つまり――我々の位置が、敵に、国衛隊に割れている!?
ヨハンは、周りを見渡した。
樹々や草木に、敵が身を潜めている。
日ノ国での比喩表現を使うならば、”ネズミが隠れている” と言うべきか。
敵たちの思惑は……。
我々を包囲して、そして――我々8名と同等以上、つまり8名以上揃ったら――急襲。
それを予測しながら、このまま ここに留まるのは、悪手……。
味方を呼び戻すと同時に、今すぐ移動を――
――いや、コソコソ隠れて我々を見ている敵……その具体的な居場所は?何人いる?
生存者数は、おそらく国衛隊よりも我々 北夕鮮軍の方が上。
それならば――敵が我々を取り囲んで、急襲したとしても……我々8名が、敵の攻撃を耐え凌げば――
――我々の援軍が到着する。逆に、こちらが相手を取り囲める。
敵は、国衛隊隊員たちは――前方の本隊・後方の援軍、両方から迫りくる北夕鮮兵たちの攻撃にサンドイッチされ――そして、押しつぶされるだろう。
国衛隊隊員たちは、押しつぶされたハムとトマトの様になるだろう。グチャグチャに。
「7名の同胞たちよ。我々は、ここで彼らを迎え撃つ――」
ヨハンは、本隊の隊員たちに、自分の判断を伝える。
隊員たちは、真っすぐにヨハンを見据える。
「――この島に散った他の同胞たちも、ここへ戻ってくる。
この本隊と別行動している隊員たちの戦力も。そして殉職した同胞たちの魂も。
すぐに我々の元に戻ってくる」
”殉職した同胞たち”
その言葉に、同胞たちの顔が曇る。
ヨハンは、続ける。
「……殉職した同胞たちの魂は、我々と共にある。共に戦う――悲しむことは……無い」
ヨハンの声が、少し、震えた。
――自分には大した長所はない。自覚している。
だが、そんな自分には、部隊長という肩書が……使命が与えられている。
「先ほど私は、敵の少女を殺した――
――殺す前に、総統への祈りを促した。だが、少女は……総統への侮蔑の言葉を口にした。
理解り合うことは――不可能だ」
――ヨハンは、何かを察知したかの様に、視線を左右に動かす。
同胞たちも、それに気づき始める。
視線が、敵の気配が、肌を叩く。
技量が さほど高くない使い手も合流したのか、気配が隠せておらず漏れている様だ。
来たか――
――ヨハンの左腰には、龍泉剣。
祖父の形見だ。
右手で、柄を握り――鞘から抜く。
真っすぐに伸びた、腕の長さほどの鏡面の様な刀身が、太陽光で輝く。
”――同胞たちは、ここへ向かっている。肉体も、魂も”
ヨハンが何を言いたいのか……
隊員たちは、理解している。言葉が無くとも、繋がっている。
”――我々は、信念を共にする家族だ”
数秒間、心地よい沈黙が流れる。
敵に包囲されている状況下で、だ。
――ヨハンは、真っ直ぐに7名の同胞たちを見据えながら、幼少より幾度も繰り返してきた、大切なあの言葉を発する。
「全ては、総統の為に」
――がさがさっ、と茂みの奥から音が聞こえる。
野生動物……?
一斉に、北夕鮮兵8名の視線が集まる……いや、数人は周りへの警戒も続行する。
「ぜえ……ぜえ……」
右脚を引きずりながら……その男は姿を現した。
――ケンジだ。
俯いた顔が、ゆっくりと上がり……ヨハンと視線が交差した。
「あ……」
情けない声を出すケンジに、ヨハンは正対する。
ケンジの心境は――
”必ず達成してやる。俺への個別任務を”
――ケンジにマキから託された個別任務。
[一瞬でいいから、敵本隊8名 全員の注意を引いてくれ]
恐怖の表情を浮かべながら……短時間でひねり出した複数のアイデアの内、実行可能で、成功率が高そうな作戦を実行――
その完了をもって ”合図” とする。
その詳細は、既に待機している味方たちには――伝わっている。
「……そうか、俺も、ここまでかァ……」
恐怖にひきつるケンジの表情は……諦めたような、どこか達観したような表情へと、変わる。
「……まぁ、アンタらも大変だよな。総統が絶対権力者なんだろ?誰も逆らえない」
ヨハンは、ケンジのいる方向へと――龍泉剣を握りながら歩み寄る。
――ケンジの心境。
”ヤバい!……いや、俺はたった今 生きる事を諦めた設定だ。違和感を持たれてはならない――絶対に!”
「……もうさァ、アンタらも……いや、情報統制で知らねぇかァ?……日ノ国じゃ、超特大ニュースとして報道されてんぞぉ?
――総統についての世紀の一大事件」
ヨハンが、歩みを止める。
”よし!……慎重に言動を選べ。コイツらの意識の深層へ、潜り込め――”
「……それについて証拠を見せてやるから、俺を楽に殺してくれると嬉しいなぁ」
――陽動――?
ヨハンは、不可解だとでも言いたげな……怪訝な表情を浮かべる。
ケンジは、気だるそうな表情を浮かべ……ゆっくりと右前腕を肩の高さに上げて、長袖をまくり上げた。
「コレは、技術大国・日ノ国の最新型の手甲でな、ARレンズ接続先の切り替え不要で……相手の視界に情報を映し出せる。動画とかな。
――俺の右前腕の手甲を見れば、アンタらもその動画が視れる」
”あと、一歩だ――神経を研ぎ澄ませろ”
ケンジは、仮想キーボードを左手で叩く素振りをする。
「もう、どこの動画サイトでも削除されて視れねーが、We Tubeでオフライン保存しといてよかったぜ。
今、魅せてやるよ。証拠を、動画を。
――1回限りだ」
静寂の中、ケンジの張りつめた声が、響いた。
「裸の男同士の、激しい くんずほぐれつ動画。
――総統が、同性愛者である証拠」
敵8名全員の視線が――ケンジの右前腕の手甲へと、一斉に集まる。
”合図” だ。
この場に待機している、ケンジ含む5名の国衛隊隊員による、敵本隊8名への急襲開始の ”合図”
――その瞬間。
ケンジのいる方向と反対、茂みの奥から――4本の棒手裏剣が、飛び出した。
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