――――北夕鮮軍の敵兵8名に対し、国衛隊の味方は5名。
敵兵8名の気を惹こうとしているケンジ、そして茂みに身を潜めて待機している部隊長である私マキとカズマ隊員……それに加えて味方2名。
(マキは、敵本隊8名をぐるっ と迂回して、敵本隊を中心として北の方角に隠れて待機していたカズマ隊員と合流した)
お互い姿は見えなくとも、味方同士の位置情報は共有される。居場所は分かる。
そして、メッセージを送受信できる。意思を疎通できる。
――この場に向かっているのは、味方である国衛隊隊員、および敵である北夕鮮軍兵。
(総人数は、おそらく北夕鮮軍の方が多いだろう)
”いつ?誰が?どこから現れるのか?どちらの援軍か?”
そんな不確定要素に意識を割く事は、可能な限り避けたい。
だが、戦闘を行っている真っ最中は……視界の邪魔になるマップは表示しない。
表示して確認する余裕など、無い。
――だから私は、国衛隊隊員に、味方に、”敵の足止め” を最優先するように指示を出している。
この場所に向かいつつ、その過程で敵兵を発見したら、仕掛ける。
主目的は、殲滅ではなく足止め。
もちろん、その場で殲滅できれば最善ではある。
だが、それができなくても……敵を数分、いや数十秒でも良い。
本隊に合流しようとする敵兵がここに来るのを、数十秒でも、十数秒でも、遅らせる。
――その間に、我々5名で、敵本隊8名を……殲滅する!!
――!!
ケンジが気を惹こうとしている敵兵8名が、一斉にケンジの方を向いた。
気を惹くことに、成功した。
千載一遇の好機!
お手柄だ、ケンジ。頼れる男だ。
ケンジが命を懸けて生み出したこの一瞬、部隊長として絶対に活かしてみせる――
その瞬間。
ケンジのいる方向と反対、茂みの奥に潜む部隊長マキとカズマの両手から――4本の棒手裏剣が、放たれた。
――敵兵8名の内、真っ先に狙いたいのは、リーダー格・ヨハン。
しかし、ヨハンはケンジに近い位置にいる。ここからは遠い。
ならば、それ以外の敵兵7名を狙う。
狙う部位は――自分が狙われたら、嫌な部位だ。
機動力の要――脚!!
-ズッ×3-
うっ、と呻き声を漏らす敵兵3名は、自分の右脚の脹脛に鋭い痛みを覚えた。
反射的に、痛みの発信源へと視線を移そうと――
「よぉぉ!ご機嫌うるわしゅう~」
これ見よがしに日ノ国刀を鞘から抜き 構えるショートカットの女が、美人なのに表情がアレで台無しの女が、茂みの中から現れた。
「3本も当てるとか、天才だなァ!我ながらぁっ!!」
日ノ国を握った右手を前に伸ばしながら、日ノ国刀の切っ先を敵兵たちに向けながら、足早に歩み寄っていく!
右の脹脛に痛みを覚える3名がマキをガン見、それ以外のヨハン含む5名はマキをチラ見しながら それ以外の方向を警戒する。
マキは、口撃を、嘘を、精神暴力を行使する。
「右脚の痛みなんて放っとけよ!それ最新型でな。
5秒ごとにヤバい後遺症の期間が平均4年間ほど伸びるが、気にするな!!」
-ヒュオッ-
”脚に何が刺さってんのか、気になるよな?
確認するヒマも、抜くヒマも与えねえ――”
マキは、攻撃を、日ノ国剣術を、物理暴力を行使する。
――――カズマは、棒手裏剣を投げた直後、極力音を立てずに茂みの中を移動する。
植物や木の枝と身体がこすれる音は、少しくらいならマキ部隊長の大声で搔き消される。
この急襲の初手にして、肝心要の要素は……。
”脚を負傷させ、機動力を削ぐ”
……くそっ、1本外しちまった。
(2本とも命中させるマキ部隊長すげぇ)
だが、まずまず……といった滑り出しか。
俺は、決して敵に姿を見せずに茂みの中を移動し続け、随時 飛び道具での攻撃を続ける。
”茂みの中に、まだ複数人の敵が潜んでいる” と敵兵8名に思わせ続け、集中力を分散させ続けるために。
――おっ、
マキ部隊長に斬られた敵兵1名の叫び声が上がると同時、左右の茂みから棒手裏剣が2本ずつ飛び出したっ。
――――時を遡ること、20秒前。
新米隊員である少年ワタルは、震える両手に棒手裏剣を握り、茂みの中で待機していた。
敵本隊8名を中心として、東の方角にあたる。
そして、自分の出番が近づくにつれて……緊張で手汗が出てくる。服で拭いた。
……思い出せ。
小学校時代の、学芸会でのやりたくもない演劇。やりたくもないのに任命されたチョイ役。
(いや、主役級なんて もっとやりたくなかったから、不幸中の幸いだったのか?)
あの時も、自分の出番が来るまでは生きた心地がしなかった。
そして、出番が来てステージの上に出た瞬間……
観客席から放たれる 保護者様各位、約100人の視線が……!
体感的には約500匹の猛獣の視線が、俺に一斉に集まった。
――自分の中の何かが、切り替わった。
何十回も練習したセリフが自動詠唱され始めたのだ。
声は震えていたが、まあ なんとか役目を果たした。
記憶はあまり残ってない。
ただ、任務完了は、した。できた。両手に汗がびっしょりだったが。
……終わってみれば、なんのことはない。
観客席にいたのは、100人のオッサン&オバハンだった。
500匹の猛獣は、俺の脳が作り出した幻影に過ぎなかった。
ワタルは、棒手裏剣を持った両腕を、ゆっくりと広げる。
――それに比べて、いま俺は自ら望んで国衛隊に入り、任務にあたっている。
何百回も練習した近接格闘術が、全自動で存分に展開されるだろう。
Don’t think. Feel.
俺の出番はまだか。いつでもいいぜ。
……来た!
魅せてやるぜ!
俺が自ら望んだ、この舞台での、この部隊での……デビュー公演。
未来の千両役者の、登場だ。
――新米隊員ワタルは、全身に気力を漲らせ――棒手裏剣を握る両手を、ぶんっ、と振った。
――――オウカは、ケンジ隊員がヨハン達の前に姿を現す約3分前に、この場に到着した。
敵本隊を中心として、西の方角にあたる。
お互い姿は見えないが……すでにマキ部隊長、カズマ隊員、ワタル隊員が到着していた。
お互いの位置情報は共有しあっており、オウカはケンジ隊員が来る方角ではない場所に、身を潜めた。
……奇妙なことに、ヨハン率いる本隊の敵兵8名は、移動するでもなく この場にとどまっていた。
だが、すぐに意図は読めた。
この場所が、それなりに見通しが良い場所だからだ。
比較的、適している。
――襲撃者の迎撃に!
敵兵8名は、明らかに周囲の様子をうかがっている。
気付いている、”複数の潜伏者に、囲まれている” と。
視覚と聴覚を、研ぎ澄ませ――潜伏者が襲撃者と変貌する その瞬間を、迎え撃つ気だ。
茂みの中に身を潜めるオウカは……
……革製の手甲と、金属製の棒手裏剣が、擦れ合う音を極力立てない様に……
……手甲から2本の棒手裏剣を……ゆっくりと…………抜いた。
……両手に棒手裏剣を握り、中腰で待機する。
身体は、スタミナは……大丈夫だ。まだまだ動ける。
よし、後はこの場で待機……。
《――別行動さえしなければ、カンナは死ぬことはなかった》
突如、オウカの脳裏にフラッシュバックしたのは――カンナの死に顔。
心臓と右肩を 刀剣類で貫かれ、力なく横たわるカンナの身体から――色鮮やかな 赤い血が流れ出し――
それを吸い込んだ地面が、ドス黒く変色していた――あの光景。
《カンナは、お前を信じていたんだぞ。それなのに――》
”――――敵は8名!!つまり、こちらの5名では分が悪い!だからさっきのメッセージの内容の通りに!機動力を奪う!背後から飛び道具を投げても、首の後ろの硬い骨に阻まれてしまう!だから、まずは機動力を奪う為、脚を狙う!相手が動いてる最中は脚の付け根から遠い脹脛は動きが激しく狙いにくいから脚の付け根に近い太腿を狙う!!”
《申し訳ないと思わないのか?カンナに。マキ部隊長に――エレナに》
”ケンジ隊員が到着!陽動をしてくれる!一瞬だけ、敵兵8名の気を惹いてくれる!その瞬間、マキ部隊長とカズマ隊員が急襲開始!その後、時間差で私とワタル隊員も急襲開始……”
《お前は、この日ノ国を侵略する諜報員。よく平気な顔で――》
”………………”
――オウカは、右手に握る棒手裏剣を 逆手に持ち替え――構えた。
”拳を振り下ろすような刺突” に適した持ち方。
ゆっくりと、そして深く息を吐きながら右拳を……下ろしていく。
……音を立てない様に、ゆっくりと左手の甲に先端を触れさせた。
ぬちゃっ……と、小さく嫌な音がした。
赤い血が、滲む。
もっと強く刺したかったが、戦闘に支障が出る。
――棒手裏剣を握るオウカの右手に、力が入っていく。
ぎりぎりぎり、と左手の甲を這う、棒手裏剣の先端。
棒手裏剣の先端は手首の方へとゆっくり移動し、その軌跡から赤い液体が、ぴゅっ、と飛び出してくる。
赤い血が、滴る。
《お前を信じている仲間――裏切り――――贖罪の――つもり――――――》
必死で、痛みに意識を逸らした。
……左手を振ることは、相手の視覚、聴覚に察知される恐れがあるので……できなかった。
”任務に没頭しろ――”
オウカの顔は――虚無感に溢れていた。
――――!
敵兵8名が、一斉にケンジ隊員に視線を移した。
刹那、4本の棒手裏剣が――敵の脚へと放たれた。
――マキ部隊長が、大声を張り上げながら敵兵たちに接近。
マキ部隊長が敵兵1名に斬撃を浴びせ――叫び声が上がる!
敵兵は、こちらを警戒していない。
”スパイだと決して気づかれぬ為、低く偽った実力のままで――武功を挙げろ”
――オウカは、フラッシュバックしようとするカンナの死に顔から意識を逸らしながら――棒手裏剣を握る両手を、ぶんっ、と振った。
――――オウカおよびワタルが、茂みの中から放った4本の棒手裏剣。
狙っている部位は――まず首、次いで太腿。
首の柔らかい部分である正面側が狙いやすい角度なら、首を狙い――絶命させる!
首の柔らかい部分が狙いにくいなら、太腿を狙い――機動力を削ぐ!
-ズッ×3-
敵兵1名の左太腿に1本、敵兵1名の首に1本――棒手裏剣が生えていた。
オウカは2本命中、ワタルは、2本とも脚にかすったが刺さりはしなかった。
オウカが投げた棒手裏剣を首に生やした敵兵は――ぎょろり、とした目で視線を下に移す。
”超至近距離、数センチ先に 黒い鉛筆……俺の首から?”
右手で構えた刀剣はそのままに、左手で自分の首の異物へと手を伸ばす敵兵――の視界を、オウカの左拳が覆う。
-ぐちゃっ-
視界には――青空?逆さまになった樹々?そして……地面?
顔面への突きの衝撃で、乱暴なバク転を強制させられたことを自覚できない男が、どぅっ、と 音を立てて地面に うつ伏せに倒れた。
その首に生えた棒手裏剣が、地面とサンドイッチされ、ずずずっ、とより深く刺さっていく。
身体が、びくん びくん、と小刻みに痙攣している。
……身体を動かせない、立ち上がれない。
最期を悟った男の脳裏に浮かぶのは……幼馴染である婚約者との想い出。
――男の首から流れ出す血が、棒手裏剣を伝い、大地へと還っていく。
その命と、共に。
――――敵兵たちの前に、姿を現したオウカ。
居合を放つため――左腰に携えた日ノ国刀の柄へと手を伸ばす。
……同時に、鞘を握る役目の左手は――右前腕の手甲から、素早く棒手裏剣を抜き取った。
そして、居合の構えで、敵兵たちに近づいていく。
右手に柄を握っている。
左手に鞘……そして相手に見えない様に――棒手裏剣を握っている。
――――敵兵たちの前に、姿を現したワタル。
棒手裏剣を2本とも外してしまった事に、痛恨の念を抱いた。
だが、その反省会は、棒手裏剣の猛特訓は……後だ。
……愛読している漫画は多い。
だが!その内 数割ほどは ”打ち切り寸前から、超人気作になった!” という逸話を持っている。
ミジンコは、ちょっとしたきっかけで――龍へと化けるのだ!
――ワタルは、日ノ国刀を抜きながら、殺意を持って迎撃態勢に入った敵兵たちを見据えた。
そして、雄叫びを上げて突進していく。
-キィィン-
――敵兵1名が持つ刀剣と、鍔迫り合い。
火花を散らす日ノ国刀を持つ、ワタルの顔は――自信に満ちていた。
――――マキが突進した相手、敵のリーダー格、ヨハン。
おそらく、このショートカットの女性マキが、敵の部隊長だろう。
-ぶんっ-
女性は、遠い間合いから、刀を振った。
難なく、バックステップで躱す。
――だが!その意図は見え透いている。
北夕鮮軍の同胞たちが、より中央へと、より狭いフィールドへと追いやられる!
しかし、相手が刀を振ろうとする瞬間に懐に入るには、もっと近い間合いに近づいていなければならない。
――これ以上は、後ろへ下がるな――活路は、横だ。
左側には、懸命に戦う同胞がいる。
ならば、右側へ――
ヨハンの目が、カッと見開かれた。
視線の先には、銀髪の少女――と、鮮血と共に舞う……親指!?
居合で同胞の右親指を、斬り飛ばしながら――こちらを一瞥もせず 左腕を、ぶんっ、と振った少女の姿を捉えたからだ。
首めがけて、黒く長い金属製の棒が飛んでくる!
-ジャッ-
反射的に、仰け反ったヨハンの首の表皮を、棒手裏剣が通過――わずかに出血。
-ドッ-
紙一重で棒手裏剣を躱したヨハン――の左にいた同胞の後頸部に、それが刺さった。
うっ、と小さな呻き声が聞こえた。
「信じらんねぇ!北夕鮮じゃ、リーダーは部下を刺すのか!」
「なっ……」
日ノ国刀を これ見よがしに振りかぶるマキの大声に、ヨハンは怒りを覚えた。
”この……卑怯者め!”
遠い間合いから、日ノ国刀を大振りしながら声を張り上げるマキ。
「その左手の暗器、なんで部下の背中に向けてんだ?即死すんぞ!血迷ったか!?」
ヨハンは、その表情に強い怒りを湛えつつも、さらに一歩下がった。
――身体も。精神も。
―――― -スアッ-
敵の親指を斬り飛ばしたオウカは、戦いに没頭しようとしていた。
《―――裏切り者が―――――――――――》
無心で戦いに没頭することで、何も考えなくて済む。
激痛の悲鳴を上げる敵兵……腹は、ガラ空き。
居合で放った日ノ国刀に乗せられた、前方への推進力を左脚に移行――
-ドズッ-
――左前蹴りを叩き込んだ。
「……がああぁっ……」
敵兵は、苦しそうな呻き声を上げて、その場に倒れ込んだ。
……仰向けに倒れた敵兵の視界に、虚無感を湛えたオウカの顔と……自分の喉に向けて急接近してくる――鋭利な切っ先。
-ドズッ-
両目を剝く身体から、最期の断末魔が絞り出された。
――何も感じない。
敵兵の悲鳴、呻き声、断末魔。
それらが紛れもない現実であると、感じる事ができない。
まるで、自覚しつつも抜け出せない悪夢の様だ。
――戦況は、生存者は、味方5名・敵6名。
2名を、私が倒した……殺した。
”実力を低く偽る” という意識が、酷く希薄化している。
他隊員も、自分の戦いに集中していて、違和感を持つヒマなど無いが――これ以上は、”新米隊員として不自然な強さ” と思われかねない。
……後は、他隊員のフォローに徹しよう。
――もう、嫌だ。何もかも。
――――「おっ、やっと表示されたぁ!」
ケンジは、陽動を続ける。
以前、ニタニタしながら楽しみながら創意工夫をしていた ”相手の精神エネルギーを奪う” という行為、その手段の実行を、続ける。
「総統、そんなに深く挿す?」
相手の身体に、日ノ国刀が、棒手裏剣が深く刺さる。
「総統の、飛びすぎだろ!」
赤い血が飛ぶ。
「……総統、それはさすがにッッ……!!」
――さすがに、気分が悪くなってきた。
ゲラゲラ笑っている俺に気を散らされ、視線を俺の手甲に向けた敵……が、死んでいく。
……ああ、マキにキレられる前の俺だったら、もっと生き生きと、こんな所業をできたんだろうか?
次第に敵も、俺の言葉に耳を貸さない、意識を向けない――無視するようになってきた。
既視感。
以前、幾度も体感してきた。
――ここまで走ってきて消耗した体力も、それなりに回復してきた。
さて、嫌がらせを続行しますか。
俺も、微力ながら仕掛ける。俺を、無視すんじゃねえよ。
嫌いな奴だろうと、仕掛けてくる限り無視できねえだろ。
――ケンジの嘲笑の表情は、緊張感を湛え 闘志が漲っていく。
左腰に携えた日ノ国刀を、抜いた。
――――茂みの中から、棒手裏剣が放たれた。
-ドッ-
ヨハンと対峙するマキに襲い掛かろうとする敵兵――が、脇腹に鋭い痛みを知覚、うっ、と呻き声を上げた。
”その調子だ、カズマ隊員”
マキは右脚を上げ、敵兵の両脚の間……睾丸部分へと、横蹴りを叩き込んだ。
あおっ、と間抜けな声を上げて倒れる敵兵に トドメを刺したいが、目の前にいるヨハンがそれをさせないだろう。
「――バレたか?樹々を利用した即席の時限式ボウガンだ。1回限りなのが難点だがな。」
更に別方向から、棒手裏剣がワタルと鍔迫り合いを演じる敵兵の左肩へと飛んでいく。敵兵の苦痛の呻き声が聞こえる。
「チッ!時限式ボウガン使い切っちまった」
――ヨハンは、マキの言葉が嘘である可能性が非常に高い、と感じてはいた。
”あと何人、敵が潜んでいる?”
”移動しながら、武器を放っている……潜伏者は、1人?……と、思考誘導をしている可能性……”
”樹々を利用したボウガン?短時間でそんなモノ……いや、通常のボウガンを仕掛けていた?
そんなモノを、持ってきているのか?”
”………………――――――”
――ヨハンの目が、明らかに変貌った。
「お、部下がお前を…………! ―――――――――」
ヨハンの変貌を即座に感じ取ったマキは――陽動の言葉を中断。
一瞬にして、全神経を物理的な戦闘へと、注ぐ。
――極限まで、没頭――
――――カズマの視界に、恐れていたモノが移った。
味方4名と敵兵6名の乱戦――のちょうど向こう側から、乱戦に加わるべく接近してくる男たちの姿。
……敵兵2名!
その右手には、刀剣類が握られている。
当然、味方4名は、魚釣島のマップおよび、そこに表示されるシグナルを確認するヒマなど、無い。
”俺が、なんとかしなきゃ――”
カズマは、右腰につけたホルスターから、なにやら上下の先端が尖った金属……
黒い万年筆……の様な物体を2つ取り出した。
その真ん中にある小さなボタン部分を押すと、音もなく 2つの十字手裏剣へと姿を変えた。
折り畳み十字手裏剣。
カズマは、両手に十字手裏剣を持ち、顔の前で両腕を交差させる。
「ふううぅぅぅ――」
――カズマは、深く息を吐く。走りながら敵兵2名を見据える。
ぶんっ、と両手を広げた。
十字手裏剣は、敵兵がいる方向とは、まったく見当違いの角度へ飛んでいく――
――だが!
回転しながら弧を描く十字手裏剣は、味方と敵が乱戦を繰り広げる空間を迂回するように、鮮やかに軌道を変えて――敵兵の顔面へと吸い込まれていく。
-キンッ-
敵兵1名は、刀剣で十字手裏剣を弾いた。
もう1人の敵兵は、身を翻し、ギリギリで躱した。
だが……悪くはない。
俺の投げた十字手裏剣と、敵兵が握る刀剣の衝突音が、鳴り響いた。
――――オウカの聴覚は、キンッ、という金属音を認識した。
その方向、後ろへと目をやると――敵兵2名が、右手に刀剣……太極剣を持って接近してくる。
――気づけなかった!
全神経を集中させるほど強い相手でもないのに、背後からの敵の接近を察知できなかった。
明らかに、精神が削られている。
-ヒュッ-
オウカは、ボサボサ頭の敵が、右手で繰り出す太極剣での突き――を、左に身を翻して躱した。
――瞬間、敵は 太極剣の刃を横に寝かせて、横に薙ぐように斬撃を繰り出してくる!
-ギィンッ- -ドッ-
オウカは、右手に握った日ノ国刀で、太極剣の斬撃を受けた。
双方の刀身の衝突による、鋭い金属音が響きわたる――と同時、オウカの左拳が相手の腹部へと食いこんでいた。
――!
違和感。
左拳による突き。その左手の感覚に、違和感を感じたのだ。
”――化勁か”
敵は、全身を鞭の様に使い、鳩尾へと伝わるはずの突きの衝撃を――全身に分散していた。
”手加減しすぎたか――味方に、情報課に、実力を悟られたくないが為に”
その敵は、よろめきながらも、中央で乱戦を繰り広げている北夕鮮軍の味方の加勢に加わる。
――オウカの前にいる もう一人の敵兵である無精ヒゲの男が、刺突を繰り出そうと太極剣を構えた――
――――あいつを殲滅すれば、俺らの勝ちだ!
ケンジの視線の先には、敵兵たちのリーダーであるヨハンの姿。
我らがリーダー・マキと戦っている。
背後から、奇襲を――
-シャッ-
「うぁっ………!」
ケンジは、反射的に仰け反り、”それ”を紙一重で躱した。
棒手裏剣と苦無手裏剣の、中間の様な形状の武器――飛刀。
視界内から放たれたおかげで、ギリギリで回避できた。
――視線の先には……こちらに接近してくる、がっしりした無骨な女。
右手に日ノ国刀を握り、マキの加勢に入ろうとするケンジの斜め前から、刀剣を振り下ろしてくる!
-ギィンッ-
――ギリギリだった。
ギリギリで、日ノ国刀で相手が振り下ろす剣を防ぐことができた。
鍔迫り合いをするケンジの眼前には、既に誰かの血が付いた……鋭い刃が、ギラッ、と輝いている。
無骨な女は、そのまま怪力を活かし、全体重を刀剣に乗せた。
日ノ国刀を握るケンジの身体は、後ろへと流されていく。
――ケンジも、疲労していた。
マキと共に行動し、交戦状態の味方に加勢するため、可能な範囲で現場へと走った。何度も。
加えて、マキの補佐をするために思考を回転させ続けていたからだ。
――力で押し切られそうになる!
-ズッ-
女の右肩に――見慣れた、棒手裏剣が刺さっていた。
苦痛に歪む表情で、右肩を見る女……の一瞬の隙をついて、ケンジは日ノ国刀を握る両手に、ぐっ、と 力を込めた。
女の握る剣は、あっけなく鍔迫り合いを諦め、その喉が無防備に、日ノ国刀の切っ先に晒されている。
-ドズッ-
前に突き出されたケンジの両手に伝わる、切っ先が喉を抉る感触。
「……みんな……後は……頼ん…………」
無骨な女は、喉から赤い液体を放出しながら 地面に、どさっ、と倒れた。
……カズマ隊員が放ってくれたであろう棒手裏剣で……なんとか勝てた。
息を弾ませながら、周囲に視線を移す。
――マキが!敵のリーダーであるヨハンと戦っている!
ヨハンを仕留める絶好のチャンス――
-ジャッ!-
背後から放たれた刺突は、切断した。
――ケンジの首の、右側1/4程を。
「……んあ?」
数秒後、事態を呑み込めないケンジの脳に、首から発せられた 激痛を知らせる電気信号が到達した。
「ぐ………ああぁぁっっ………!」
即、振り返って、反撃………。
ケンジの身体が、ぐらっ、と傾いた。
ケンジの視線の先には、自分より過酷な立場にありながら、部隊長として職務を全うしている――マキの姿。
”踏ん張れ……俺は……まだまだいける!”
――先程とは別の方向から、他の攻撃者による、刺突が放たれた。
ケンジの首の左側1/4程を、切断した。
首の両側から、ぷしゃぁ、と鮮やかな血が噴き出すケンジの身体を、脱力感が支配していく。
「マキ……すまない……」
その全身が地面に叩きつけられた数秒後。
ケンジに表示されていたマーカーが、消滅した。
―――― ”ケンジさんが……殺られた……”
味方であるケンジから、緑マーカーが消滅した。
眼前で味方の死を見せつけられた、ワタルの眼前には――必死の形相を浮かべる、敵兵の顔があった。
自身の両手が握る日ノ国刀と、相手の両手が握る剣――が、激しく鍔迫り合いを続ける、その先に。
”くそっ、他人の死に意識を向ける余裕がない!まずは、自分の戦いに集中しろ!”
既に、鍔迫り合いを続けて5秒以上が経過していた。
当然、何かしらの攻撃を繰り出したかったが……
目の前には、相手が握る剣の――鋭い刃が光っている
あの刃で、自分の身体を、皮膚を、肉を斬られたら――激痛が自分を襲う。
アドレナリンが分泌されているとはいえ、耐えがたいものになる筈だ。
――さて、どうする……あ。
ワタルは、左脚を、蹴り上げた。
その左脚は、敵兵の両脚の間を一直線に上昇し――ぐちゃっ、という嫌な感触を、ワタルに認識させた。
「……あ……ああぁぁぁっっ……」
敵兵の全身が、少し痙攣した直後、両手が睾丸を護る様に覆い――そのまま前のめりに倒れた。
その姿を、敗北者の姿を、ワタルは、食い入るように見つめている。
――俺は、勝った――
えも言えぬ征服感が、ワタルの思考を覆っていく。
眼を開いたまま、激しく息をしながら、ただただ……勝利という美酒に酔いしれる。
”……俺は……強”
-ドズッ-
え……
”突如、自分の腹から、刀剣が生えてきた?”
思考の混乱を覆う様に、一瞬遅れて激痛がワタルを襲う。
「ぐぅ……ああぁあっ!」
首と眼球を可能な限り左へと動かし、後ろを見ると――ボサボサ頭の男……が右手に握る、太極剣を認識した。
”くそっ、油断した。だが!俺は……ここから……”
-ズッ-
ボサボサ頭の男は、左手に握った軍用ナイフを、ワタルの喉に突き立てた。
ワタルの全身は、一気に力が抜け……だんっ! と地面に叩きつけられる音を鳴らした。
”……こんなとこで……死んでたまるか…………俺は、まだ……………………”
――出血多量。意識不明。
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