I-State -侵略国家- 第12話「螺旋錯綜」

 

北夕鮮が、日ノ国本土への侵攻の意志を表明してから、3日間が経過した。

 

――尖閣諸島・魚釣島にて、北夕鮮軍は戦闘終了後に攻撃を仕掛け、部隊長マキを殺害。

その事実を受け、国衛隊は北夕鮮軍に抗議した。

しかし北夕鮮軍は、戦争状態の解除前であった為、ルールには抵触しないと主張。

日ノ国の首相と左翼政治家たちは、それに全面的に賛同した。

 

―― ”総戦力は、日ノ国の方が上”

日ノ国と北夕鮮の武力を比較した上で、そのように目されている。

だが、国衛隊は専守防衛。

つまり、敵国から武力攻撃を受けた時、初めて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限に留める。

また、保持する防衛力も、自衛のための必要最小限のものに限る。

 

あまりに優しく、抑止力に乏しい。

これでは駄目だ。
自衛のために、より強く、攻撃的になることも必要だ。

……という世論が、強まっている。

しかし、首相や左翼政治家、加えてオールドメディアが「他国を侵略する国になってしまう」という主張の元、憲法9条改正を阻む。

 

――日ノ国のAR管理サーバーへのハッキング行為が、激増。

それは、北夕鮮が日ノ国本土侵攻の意志を表明した直後から始まった。

あまりにあからさまなタイミングなので、北夕鮮ではなく第三国の仕業である可能性が高いとされている。

しかし、決定的な証拠を掴むこともできず、対応は後手後手に回っている。

 

 

――――日が昇る一刻前。

静寂を闇が包み込む森。

森の奥、少し視界が開けた場所に、その少女はいた。

 

――少女の前に、イメージで創り出した、複数人の ”仮想の敵” が現れた。

同時に、複数人の ”仮想の味方” も。

入り乱れての混戦。

 

――仮想の敵の1人が――右手に握った倭刀を構えながら、接近してくる!

そして、恐ろしく速い斬撃を繰り出した。

-ギィン-

少女は、ギリギリで右手に握った日ノ国刀で受ける。

-ドッ-

敵は、少女の腹部に――恐ろしく速い右前蹴りを叩き込んだ。

その衝撃で、少女の右手から日ノ国刀を握る力が失われた。

日ノ国刀が、宙を舞う。

 

――絶体絶命。

少女は、”化勁かけい” で蹴りの威力を可能な限り全身に分散――しながら、後ろへ飛ぶ。

-フオッ-

少女のアゴを狙った敵の左掌底が、空を切る。

 

少女は、激痛に悶える様に、体勢を沈めながら両手で腹部を抱えた。

――同時に、敵からに察知されないように左前腕の手甲から右手で棒手裏剣を抜く。

敵は、好機をモノにするため、間合いを詰めてくる!

 

――瞬間、

少女は、視線を覆い隠す様に左手を構えて敵の後ろに視線を送る。

同時に、敵から見えない様に棒手裏剣を握る右手で、意味ありげなハンドサインを――

 

――刹那、敵の視線が、背後へと移行。

同時に、少女の右手が、ぶんっ、と振られた。

-ズッ-

敵の首に、黒い鉛筆の様な物体――棒手裏剣が生えている。

更にもう一本、右前腕の手甲から左手で棒手裏剣を抜き、投げ――敵の首を穿つ。

うめき声を上げながら、スローモーションの様にゆっくりと倒れていく敵。

 

同時に 少女は音もなく移動――宙を舞う日ノ国刀を、追う。

日ノ国刀が、地面に着地する寸前のタイミングで、それを掴む。

……と同時に、死角である後方から、別の敵が 少女を目掛けて軍用ナイフを投げてくる――

 

――その少女は、ありとあらゆる状況をシミュレーションし、仮想の敵との戦いを繰り返す。

銀髪を思わせるアッシュヘアの少女――オウカは、2時間もの間 休憩もせずに、鍛錬を続けている。

休憩を入れるべき……とは、頭ではわかっている。

だが、身体を動かし続けていないと、負の感情に飲み込まそうになってしまう。

なので、結局は ほぼ動きっぱなしで鍛錬を積んでいる。

 

無論、この数時間後――午前8時から、国衛隊の訓練も控えている。

だが、魚釣島での記憶を思い出すと――身体を動かさずにはいられない。

カンナの死に様。マキ部隊長の死に様。

それらの映像がフラッシュバックしてきて、オウカの思考にこびりついてくる。

オウカは、ひたすら鍛錬を続けることで、それらの映像から、意識を逸らしていた。

 

――魚釣島での戦いから、10日が経過していた。

 

 

「なんで、カンナが死ななきゃいけないのよ!」

国衛隊・午前の訓練終了後、昼の休憩時間。

同期生の1人である侍族の少女が、オウカに怒鳴った。

少女は、大粒の涙を流しながら、言葉を続ける。

「あんたが……”別行動する” なんて指示しなければ……カンナは死ななかった!」

 

カンナ殉職の報を聞き、ペアを組んでいたオウカに、6名の同期生たち(少女4名・少年2名)が詳しい経緯を聞きに来ていたのだ。

オウカは、顔はお互い知っていてもロクに話をしたこともない同期生たちに、経緯を詳細に話した。

記憶を辿りながら、カンナの事を思い出すのは――辛かった。

だが、話した。

すると、どんどん同期生たちの顔が険しくなっていった。

 

そして、カンナの遺体を発見した場面を話していると、突如 侍族の少女が オウカを怒鳴ったのだ。

オウカへの罵倒を続ける少女の横で、同じく同期生の少女がオウカを無言で睨みつける。

そして、その他の同期生たちは、オウカを罵倒し続ける少女を諫める様な素振りを取るが……敵意を含んだ眼光で、オウカを見ている。

本気で諫める気はないようだ。

 

”そんなの――結果論じゃないか。なんで私が……怒鳴られるんだよ……”

そう思いつつ、カンナの死を悲しむ少女に対して、オウカは何も言えなかった。

 

”――――なんでカンナが……死ななきゃいけないのよ!”
”あんたが……”別行動する” なんて指示しなければ……カンナは死ななかった!”

……これらの言葉は……この同期生たちの総意ではないか?

恐らくその女の子を諫める素振りをしている同期生たちも、腹の底では同じことを思っているのではないか?

他の人が代弁したから諫める側に回っただけで、誰も代弁しなかったら その怒りを罵倒として私にぶつけていたのではないか?

オウカは、心のどこかでそんなことを考えていた。

……そして、徐々にオウカは、同期生たちに対し――怒りを感じ始めていた。

 

「……みんな、どうしたの?」

やや距離が離れた鍛錬場で、外部講師を招いて実施された選択教練を受けていたエレナが、一足遅れてやってきた。

「エレナ、なんでカンナが……」

同期生たちの少女の1人が、エレナに経緯を話している。

そして、少女が話し終わった後、エレナは口を開いた。

「――――オウカは、カンナを他の仲間に合流させるため、自ら敵兵3名の囮になったのよ。
あの状況では、”別行動” が、カンナが生存する可能性が最も高い判断だった。
……ヨハンってヤツに遭遇してしまったのは、オウカの責任じゃないわ」

「でも……でもぉ…………」

オウカを罵倒した侍族の少女は、納得いかない様子で……涙を流し続ける。

 

エレナは、慎重に言葉を続ける。

「一歩間違えば、オウカは敵兵3名に惨殺されていたのよ。
その危険を、自ら引きうけた。
――カンナを、その危険から逃すために」

同期生たちは、押し黙った。

そして、その数秒後……無言で去っていった。

――先ほど、オウカを無言を睨みつけた同期生の少女は……再びオウカを無言で睨みつけながら。

 

”――この場で お前らを……叩き伏せてやろうか!?”

オウカの胸の内で、暴力衝動がハネ上がりそうになった。

再三にわたり自分を睨みつけた少女に対し、強い怒りを感じていた。

再三にわたり自分を非難する態度を示し、撤回も謝罪もしない同期生たちに対し、怒りを感じていた。

 

――侍族の女教官が、その様子を見ていた。

両腕を組んで、壁に背を預けている。

そして、去ろうとする6名の同期生たちを呼び止めた。

 

――いつの間に、そこにいた!?

察知できなかった。

その女教官は……仮にオウカが、”低く偽った実力” を解除したなら、苦も無く倒せる相手だ。

なのに、察知できなかった。

カンナ殉職による怒りを、同期生たちから一身に受けつづけて、脳内がグッチャグチャになっていた。

ゆえに、察知できなかった。

 

――教官たちには、すでに北夕鮮軍との魚釣島での戦争の詳細も伝わっている筈だ。

そして、カンナ殉職の経緯も。

その女教官は、冷静な表情のまま、同期生たちに何かを話している。

 

カンナと仲の良かった女教官だ。

無論、内心では辛いのであろう。

しかし、教官という立場上、冷静でいなければならない。

……”立場上” 冷静ではあるが、内心では恐らく……私への怒りを――

 

――同期生たちは、再びオウカの元に戻ってきた。

そして、先ほどオウカを罵倒した少女が、撤回と謝罪をした。

いかにも ”上官に言われたから、仕方なく” という感じで。

そして、それを隠す気すらない様だ。

……オウカを無言を睨みつけた少女と、その他の同期生たちは、オウカに目も合わせない。

そして、再び去っていった。

 

……本心が伴わない、形式上のモノでも、相手が撤回と謝罪した……という事実はできた。

それだけでいい。

あんな奴らと、本心から相互理解などできない。

したいとも思わない。

 

女教官は、オウカと同期生たちのやりとりを、ずっと見据えていた。

オウカは、女教官に目を合わせ、無言で会釈をした。

女教官は、無言で頷いた。

 

オウカは、エレナと共に食堂へと向かう。

「あの子たちも、今は冷静でいられなくなってるだけ。
少し冷静になったら、本心で謝りに来てくれると思う」

「……ああ、ありがとう」

 

だが、同時にオウカは、強い罪悪感を感じている。

”相互理解したいとは、思わない” だと?

……そんな事が言える立場か?

私は――

日ノ国侵略のために国衛隊に潜入している、シーナ国スパイなのに。

 

「――この国には、戦死者の武器を弔う神社もあるみたい。
カンナの日ノ国刀も見つけ出して、そこに奉納しよう」

エレナの言葉に、オウカは深く頷いた。

 

――魚釣島で、カンナの遺体の横にある筈の日ノ国刀が、持ち去られていた。

オウカがカンナの遺体を発見した時は、その左手に確かに握られていたのだ。

しかし、戦闘終了後、遺体を回収した者の報告では、左手に握っていた筈の日ノ国刀がなくなっていたらしい。

つまり、何者かが持ち去ったカンナの遺体から、日ノ国刀を奪ったのだ。

侍の魂である、日ノ国刀を――

 

オウカは、静かに口を開いた。

「北夕鮮軍との全面戦争で、必ず見つけ出す。
――カンナの愛刀を」

 

 

――――訓練終了。

基地から寮へと帰るべく、エレナと共に帰路に就くオウカ。

ふと、前を見ると、少年が立っていた。

そして、オウカを見据えている。

長い黒髪を後ろで束ね、風になびかせている。

 

オウカは、その顔に どこかで見覚えがあった。

「――ヤマトという者だ。君がオウカか」

「……はい。何か?」

「マキさんの最期について、話を聞かせてほしい」

その言葉で、オウカは思い出した。

尖閣諸島 魚釣島での戦闘に参加した32名の隊員たちの中に、彼もいたのだ。

その内、マキ部隊長の最期を見たのは、私と――カズマという少年の2名だけだ。

 

「――じゃ、また明日ね」

エレナはそう言うと、自身の寮へと帰っていく。

ヤマトは、エレナに視線を合わせ――軽く会釈をした。

そして、再びオウカに視線を合わせる。

「――もう1人、忍者族のカズマという人も、マキさんの最期を見たらしい。
しかし、まだ訓練に復帰してないみたいで、どこにいるかわからない。
忍者族の教官とかに聞いても、”居場所は知らない” としか言わない」

「……場所を、移しましょう」

 

国衛隊のだだっ広い敷地内の一角、ベンチが置かれている。

そこに腰掛けている2人。

傍目には、カップルに見まがうかもしれない。

――その表情を見るまでは。

明らかに、訓練後に楽しくおしゃべりしているカップルの表情ではない。

 

――オウカは、オウカ含む5名の味方と、ヨハン含む8名の敵の戦いについて、覚えている範囲で詳細に語った。

そして、戦闘終了後に、”ボブヘアの女” に襲撃され――マキ部隊長が殺害された詳細も。

 

マキ部隊長が殺害された場面を話している時、ヤマトの表情が――。

いや、表情は眉一つ動かさなかったが……。

しかし、明らかに――ヤマトの内面で、ドス黒い感情が爆発しそうになっているのを、オウカは感じていた。

そのドス黒い感情は、オウカにも覚えがある。

”復讐心”

その復讐心は――この上なく強力な、行動原理となるのだ。

復讐心と共に生きていたオウカは、それがドス黒いモノであること自体を、忘れていた。

父親への復讐心と共に生きていたオウカにとっては――それが、無色透明の酸素の様なモノに感じられていたのだ。

 

「――ありがとう。急に押しかけて、時間と手間を取らせてすまない」

――私もカズマ隊員も、石垣島の駐屯地で一週間を過ごした。

その間、ヤマト隊員は……ずっと身を焦がす様な思いだったのかもしれない。

気が気じゃなかったのかもしれない。

――マキ部隊長の最期を目撃したのは、誰だったのか?
その2人は、今どこにいるのか?
その2人は、いつ石垣島駐屯地から帰ってくるのか?
いつ、どこで、話を聞けるのか?

それを知るために、あちこち駆けずり回っていたのかもしれない。

国衛隊に聞いても、重要な情報が隠されている可能性があるのだから。

いやそもそも、知らされる情報自体が、捻じ曲げられている可能性もあるのだから。

――国衛隊上層部に潜入した、シーナ国スパイによって、

 

「……石垣島で治療したとのことだが、もう大丈夫なのか?」

「――はい。問題ないです」

「……いや、違うな」

「違う!?」

「俺が言うべき言葉が、違う」

ヤマトは、オウカに深々と頭を下げた。

「――嫌な記憶を思い出させて、本当にすまない」

「…………ヤマト隊員は、マキ部隊長の最期を知るため、手を尽くしていたんですね」

「…………」

ヤマトは、オウカに借りを感じている。

 

「ありがとう」

礼を言いながら、ヤマトは立ち上がる。

「北夕鮮との、全面戦争がはじまる」

「はい」

「……敬語は、要らない」

「…………」

そして、ヤマトは去り際、静かに――言葉を放った。

「ヨハンが、共通の復讐対象だな」

 

 

――――しん、と静寂が包み込む、国衛隊の鍛錬場。

そこに、1人の女性が立っている。

両目を閉じて、両掌を胸の前で合わせている。

1分経過。
2分経過。
3分経過。

 

――忍者族・ハツメは、殉職者への黙祷を捧げていた。

魚釣島で戦死した部下である、マキへの黙祷を。

その姿からは、殉職者への敬意の念が感じられる。

マキの死を無駄にしないために、北夕鮮との戦争には、絶対に勝利しなければならない!

そして、 ”日ノ国を護る” という意志を、貫かねばならない。

かつて、マキに戦闘技術を叩き込んだ この鍛錬場で、ハツメは黙祷を続ける――

 

――5分間の黙祷を終え、鍛錬場を後にしようとするハツメ。

しかし、突如として足を止めた。

ARレンズを通した視界に、暗号化されたメールの受信通知が表示されたからだ。

国衛隊上層部からの、直々の連絡。

 

メールを開封したハツメは、表情を変えない。

その内容は、意外性は全くなく――至極 予想通りだったからだ。

[北夕鮮軍のテソン抹殺のため、侍族の ”サキョウ” が使役される]

……という内容は。

 

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