いつでも抜刀できる体勢を静かに整えた、オウカとエレナ。
緑マーカーと赤マーカーが判別不能になった結果――初対面の相手が敵か味方かを、判別することが出来ない状況。
オウカとエレナの眼前には、10名弱の人間。
その反対側には、10名ほどの集団。
彼らは、”自分は国衛隊員です” という前提で、話を展開している。
「――電波障害でメッセージが送受信不能なので、口頭での伝令を伝えに回っています!」
建物の陰から姿を現した、10名弱の人間。
その先頭の恰幅の良い男が、よく響く声で国衛隊員たちに話している。
そして2名の人間が、こちらの死角となる建物の陰で、待機している。
その2名がなぜ隠れて待機しているのかは、わからない。
だが、そんな不可解な行動をするこいつらは、恐らく……北夕鮮軍の敵兵。
「上層部からの口頭での伝令をそのまま伝えます。
”総員、電波障害が収まるまで、武器使用の一切を禁ず” 」
”――――!”
オウカは、違和感を、危機感を感じていた。
数瞬遅れて、他の国衛隊員たちを横目で見てみる。
「そうなんですか!伝令ありがとうございます」
……まったく疑っていない?
いや、こいつらが味方である証拠、国衛隊員である証拠がどこにある?
死角となる建物の陰で、待機している2名を察知できていなくても――それくらいは頭を回すべきだろう。
……盲信したフリをして、突如として斬りかかる戦術……を考えている様にも見えない。
「――こっちも、聞きたいことがあります~」
不意に、エレナが口を開いた。
恰幅の良い男――ではなく、その右斜め後ろの方にいた 若い新兵に見える男に話しかけた。
「電波障害が起こる数分前、このエリアの発電所を防衛する国衛隊員すべてに、急遽送信されたメッセージ――『武器や医療品などの物資を補給する人員を、急遽使役する』
その人員というのが、あなた方なんですね?
待ってました!ありがとうございます~!!」
恰幅の良い男は、ぐるりと首を回して 若い新兵らしき男の方を見る。細心の注意を促すような視線を送る。
若い新兵らしき男は、緊張感を持った表情を浮かべて、返答の言葉を紡ぐ。
「…………待たせてすまない。だが まだ敵の襲撃の気配はない様だ。安心していい」
――察しの悪くない国衛隊員は、静かに武器に手を伸ばす。
……察しの悪い国衛隊隊員は、頭上に見えないクエスチョンマークを浮かべる。
とうぜんながら、『武器や衣料品などの物資を補給する人員を、急遽使役する』などというメッセージは、来ていない。
恰幅の良い男は、国衛隊たちの反応を見て――やれやれ、といった表情を浮かべる。
”気付いたなら、即座に攻撃すればよい。
それをしない、しようと思えない君たちの弱さ、フェアプレー精神が――チャンスを逃しているのだよ”
そして、右手を高く掲げ――ピストルの形をとった。
……ハンドサイン!
周りの人間……間違いなく、北夕鮮軍の敵兵たちは――武器に手を伸ばした。一斉に!
――恰幅の良い男は、ハンドサインを下げるよりも早く、その右脚から前蹴りを繰り出した。
ーズドッー
エレナの腹部へ叩き込まれた。エレナの身体が大きく揺れた。
エレナは、いかにも苦しそうな苦悶の表情を浮かべる。吐息を漏らす。
「ぐっ……かはぁっ……」
「!……………」
恰幅の良い男は、追撃をしない。
なぜなら――首元を、日ノ国刀の切っ先が通過したから。
厳密にいえば、前蹴りを叩き込んだ直後、エレナは悶絶する表情を浮かべながらも、居合術を放ったから。
もし、恰幅の良い男が もう少し深く踏み込んでいたなら、首が飛んでいたかもしれない。
――恰幅の良い男は、首からのわずかな出血とチリッとした痛みを感じ取り、二歩ばかり後退した。
そして、殺意に満ちた表情を浮かべる。
-ギィン×2-
ほぼ同時に、反対側から金属音の二重奏が聞こえた。
セツキが、先程まで会話していた10名の集団の内の2人からの、自身への不意討ちを防御したからだ。
2人の男が、懐から取り出した短刀で、セツキに向かって不意討ちを仕掛けたのだが……。
――右手で太刀を、左手で小太刀を抜き、それを防いだセツキ。
数瞬遅れて、10名の集団の内の他の8名も、武器を構えた。
ーざしゅっー
カイが、右手で逆手に握った苦無で――セツキに攻撃を防がれた敵兵(と思われる)の1名の首の左側を、刺突する音が響く。
鮮やかに噴き出す赤い液体と共に、苦無の先端が、首の右側から少しだけ姿を現した。
苦無が首に刺さったままの敵兵は、事態を理解できないまま――白目を剝き、ゆっくりと地面へと倒れていく。
敵兵が地面に叩きつけられる音が鳴る頃には――カイは、忍者刀を抜いていた。
「……え?なんで攻撃するんですか!?……というか、今の本気じゃないですよね?」
セツキが、もう1名の敵兵(と思われる)に、目を丸くしながら質問を投げかける。
「!?……………ああ、もちろん。君は合格だ。武器を仕舞ってくr――」
ーざしゅっー
カイが、右手に握った忍者刀で――敵兵(と思われる)の首の左側を刺突する音が響く。
首の右側から鮮やかに噴き出す赤い液体と共に、銀色の30センチ定規……もとい忍者刀の刀身が姿を現した。
即座に右腕を引き、忍者刀を突き刺した首から抜く。
ぷしゃあ、と血の飛沫が舞い、どくどく、と血があふれ出した。
セツキは、そこに立ち尽くしている。
「…………騙したんですか」
「おい!死にたいのか!?ボーッとしてたら」
-チャッ-
セツキは、俯きながら、2本の日ノ国刀を構えた。
両手に、長さの違う日ノ国刀を握っている。
右手には太刀、左手には小太刀。
2名の敵は、セツキに斬りかかろうとしたが、その動きを中断した。
――踏み込めないのだ。
セツキはゆっくりと、顔を上げた。
カイは、得体の知れない異変を察知した。
なぜなら――
セツキの声は、佇まいは、立ち姿は、表情は――さっき迄とは、別人の様だったから。
-ギィン-
オウカは、敵の男の斬撃を受け止めつつ、視認した。
変形・変色したマーカーを従えた男女が、奥に見える物陰から飛び出してくるのを。
「おらあぁァっっ!」
他の国衛隊員たちも事態を飲み込み、次々に戦いを開始した。
20名の国衛隊員たちと、それを挟むように攻撃する20名弱の敵により発せられる、武器の衝突音。
多重奏が、響きわたる。
――エレナは、鋭く息を吸い、鋭く吐き出す。それを、小刻みに素早く繰り返す。
恰幅の良い男は、一気に間合いを詰めることはせず、一歩一歩エレナに近づく。
エレナは、右手に日ノ国刀を持っているが、構えてはいない。
だが、恰幅の良い男は、慎重に、一歩一歩、エレナに近づく。
-ギィンッ-
――オウカは、右手に握った日ノ国刀で敵の斬撃を防御。
そして同時に、右脚を振り上げた。
オウカの右脚は、敵の両脚の間を上へと進み――敵の股間へと、到達した。
-ぐちゃっ-
「……あっ……かひゅっ」
敵は、どこか間抜けな声とともに、内股になり、そのまま崩れ落ちていく。
崩れ落ちていく敵の向こう側から、その男はオウカに近づいてくる。
一直線に!
その男は、右手に……刀剣を握っている。
「国衛隊員タロウです!加勢に馳せ参じました!」
-カチャッ-
自称タロウが、右手に握っていた一本の剣を、左手に持ち替えた?
いや、1本の剣が、2つに分かれた――
これは……シーナ国の武器、 ”双剣” か?
――オウカの首めがけて、左手に握った双剣の片割れを突き出してくる男。
首への刺突を右に躱したオウカは、同時に右手に握る日ノ国刀を――
「北夕鮮軍!許すまじ!!」
自称タロウに向かって、叫びながら剣を振り下ろす女が現れた。
-ギィン-
自称タロウは、右手に握った双剣の片割れで、その剣撃を防いで……一歩だけ、後ろに下がった。
女は、オウカの左横に来た。そして、オウカと同じように自称タロウに正対した。
「危なかったわね。新入り」
「…………」
「北夕鮮軍は、メチャクチャやるわね。恐らく、あの家族らしき3名が捨ててった荷物の中に――時限爆弾が入ってるわ!」
「…………」
「あなたの名前と状況を聞かせて。私は 国衛隊員ハナコ――」
-ヒュッ-
右手に逆手に握った、隠しナイフ。
その先端が、オウカの喉元5センチ手前でピタッと止まった。
オウカの左掌が、自称ハナコの右前腕を受け止めたのだ。
それを認識した自称タロウ 改めリュンは、オウカに向かって一歩前進――右手に握る双剣の片割れを、大きく振り上げた。
「――あら、なんでバレたのかしら?」
自称ハナコ 改めスヨンは、銀色に輝く隠しナイフを逆手に握ったまま――オウカに向かって魔性の笑みを浮かべた。
――エレナは、視界の右端、オウカの方を横目で見た。
そして、1人の敵の顔に見覚えを感じた。
あの男は!
尖閣諸島・魚釣島で戦った男だ!!
国衛隊員に顔を知られている可能性があるから、隠れていたのか?
……しかし、既にオウカはリュンを敵と認識している。
オウカにわざわざ話しかけて、集中を削ぐべきではない!
――エレナは、正面に視線を戻す。
自分を殺すために一歩一歩近づいてくる、恰幅の良い男を迎え撃つために。
――オウカは、襲ってくるリュンの斬撃を躱す。
恐らく、この電波障害は、さっきの3人組が捨てていったリュックやスーツケースの中にある、ジャミング機器の類によるもの。
これは、明確な ”戦争ルール違反” だ。
戦争システムを根底から破壊する、重大な犯罪行為だ。
さっきの3人組は、顔の造形は似ていた。たぶん本物の家族だ。
……金で雇われた日ノ国の貧困家庭、といったところか。
足がつかない 使い捨ての人員。
当然ながら、北夕鮮は、知らぬ存ぜぬを貫くだろう。
リーファからは、何も聞いていない!
もし、リーファが、シーナ国が――手を組んでいる筈の北朝鮮の この戦術を知っているなら……。
この機に乗じて、何かを遂行するように私に命令しておくはずだ。
少なくとも、私の生存確率をムダに下げない為に情報共有だけでも しておくはずだ。
だとすれば この戦術を、シーナ国は知らない?
――くそっ、二人組の攻撃が来る!!
国衛隊員20名と、北夕鮮軍兵士20名が、入り乱れての混戦。
敵・味方を判別するマーカーも機能していない。
国衛隊員は、味方が お互いにほぼ全員が初対面。
相手の顔を認識して、敵と味方を判別して、攻撃する。
そこには、数瞬のタイムラグが存在するのだ。
徐々に、北夕鮮軍の兵士たちに押され始める国衛隊員たち。
雄叫びと、激痛に悶える悲鳴が上がる。
双方の人員が負傷し、血を流し、倒れていく。
――オウカは数瞬、エレナの方に視線を移した。
恰幅の良い男の斬撃を防ぐエレナ。
しかし、その直後に繰り出された、恰幅の良い男の左回し蹴りを食らい――大きく吹っ飛ばされる!
エレナへの追撃を続けるべく、間髪入れず走り出す恰幅の良い男。
エレナは、恰幅の良い男の猛攻に押されて、混戦の中心地から引き離されていく。
オウカは、視線を正面に戻す。
-ギンッ-
日ノ国刀でリュンの斬撃を受け止めつつ、右へ四歩ばかり、大きく移動した。
リュンとスヨン越しに、国衛隊員と北夕鮮軍兵士が入り乱れて戦う光景が見える。
-フオッ-
リュンとスヨンが同時に前進。オウカとの間合いを詰めてきた。
リュンの左手に握った双剣の片割れの切っ先が、オウカの喉へと迫る。
スヨンの右手に握った苗刀の切っ先が、オウカの腹部へと迫る。
――オウカは、後ろに下がり、それらから逃れる。
間髪入れずにリュンは更に前進。
右手に握った双剣の片割れを、振り下ろしてくる!
-キィン-
オウカは、右手に握る日本刀でその斬撃を受け止めた。
そして、左拳をリュンの腹部に叩き込むべく、一歩踏み込もうとする――。
――それを待ちかねたかのように、スヨンが苗刀での刺突を繰り出してくる。日ノ国刀に似た形状の、シーナ国由来の武器だ。
オウカは、咄嗟に前進を中断。
眼前で、苗刀の切っ先が、ギラッと輝きを放つ。
オウカは、手甲に挿してある棒手裏剣に右手を伸ばそうとするが――
――リュンとスヨンは、間髪入れずに更に前進してくる!
リュンのスヨンが前進と共に絶え間なく繰り出す、斬撃・刺突。
オウカは、それらの攻撃を受け、躱し、後退する。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩――――と、後退していく。
リュンとスヨンのスタミナは、まだまだ尽きない。
”低く偽った実力のままでは、倒すのは難しい”
そう判断したオウカの身体は、いつしか数十メートルも後退していた。
国衛隊員たちと、北夕鮮軍兵士たちによる、入り乱れての混戦の中心地から、どんどん遠ざかっていく。
――その7秒後、オウカは建物の陰に追い込まれつつあった。
建物の陰は、死角だ。
他の国衛隊員たちから、私の姿は、見えなくなる。
オウカは、後方へと大きく飛び――そのまま走り出す。
リュンとスヨンも、逃すまいと走り出した。
――オウカの走るスピードより、リュンとスヨンが走るスピードの方がやや速い。
オウカとの距離は、5メートルといったところか。
リュンが、更に速度を上げた。
オウカとの距離を、一気に詰めていく。
-チャキッ-
リュンは、右手に握る双剣の片割れを構えた。
負傷箇所である右腕と右前腕から、ズキッと鋭い痛みが走るが……関係ない!
オウカのガラ空きの背中めがけて――突きを放つ!!
――リュンは、自分の眼を疑った。
双剣の片割れが背中を貫いたはずなのに、その手応えが右手にまったく伝わってこない。
確かに目の前にあったはずの敵の背中が……まるで幻のように霧散した?
結果、全力で繰り出した刺突が、空を切ったのだ。
……ふと、下方に視線を落とす。
そこには、大きく腰を落とし、リュンが繰り出した刺突よりも深く身体を沈めた、オウカの姿。
そこから伸びる左腕は、リュンの腹部へと真っすぐに左拳を運んだ。
-ドズッ-
リュンは、腹部に食い込む強い衝撃を認識した。
身体が、”くの字” に曲がる。
同時に、魚釣島における戦いで刀で突かれ、未だ完治には遠い状態の腹部の深い傷が――再び開いた。
激痛。
じわぁ、とリュンの腹部に、赤い血が滲む。
数瞬遅れて、リュンの喉の奥から呻き声が絞り出される。
「ぐあ――ああぁっっ……!」
さらに数瞬遅れて、呼吸をしようとしても、それができないことに気付く。
激しく酸素を消費し続けている真っ最中なのに、新たな酸素を肺に取り込むことができないのだ。
痛い。平衡感覚が失われる。目の前の光景がぐるぐると回転を始める。痛い。全身から力が抜けていく。痛い。
どっ、と身体が地面に倒れる音を、認識する余裕すら……無かった。
「リュン!!」
リュンの身を案じるスヨン。
その眼前には、先程までとは明らかに何かが違う――銀髪の少女が立っている。
オウカは、敵2名の頭上に赤マーカーが正常に表示されているのを確認した。
やはり、さっき捨てられていた荷物に、ジャミング機器の類が入っていたのか。
数十メートルばかり距離をとれば、電波障害は起こらないらしい。
視線を、赤マーカーからスヨンの顔に落とす。
”ここまでくれば、誰にも助けを求められない”
スヨンは、チリチリと肌が焦げる様な感覚を感じた。
オウカが、一歩一歩近づいてくる。
その表情は、先程とは比べ物にならないほど――冷静だ。
間合いが、詰まる。
7メートル。
6メートル。
5メートル。
4メートル。
……3メートル。
スヨンは、暗器・飛刀を右手で懐から取り出した。
全長20センチ強の飛刀を、全力で投げる。
――オウカはそれを、ぱしっ、と無造作に左手でキャッチした。
-パシュッ-
スヨンの右前腕に仕掛けられた筒状の暗器・袖箭。
その筒の内部から、小型の矢が射出された。
――美しい波紋を描く切っ先が、いつの間にか小型の矢の軌道上にあった。
オウカが右手に握った日ノ国刀の切っ先が、柔らかく触れた小型の矢は――オウカの頭部のすぐ左横を通過した。
……は?
シーナ国の暗器・袖箭。
強力なバネの力で、小型の矢を射出する武器……を、知ってたのか?
いや、知っていようといまいと……さも当然のように、こんな至近距離で対処できるのか?
――オウカは、何事もなかったかのように、一歩一歩 近づいてくる。
スヨンの背筋が、凍った。
スヨンは、左手で握っていた剣を、両手で強く握り直す。
そして、近づいてくるオウカと距離をとろうと、後ずさりをする。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩。
五歩。
――なんなんだ?この銀髪の少女は?
先程までは、私とリュンで 充分対処できる強さだった。
だが、今は――全くの別人の様だ。
動きも。精神性も。
背後からのリュンの刺突を躱した動き。
至近距離で私の飛刀を掴み、至近距離で袖箭の軌道を逸らした技巧。
私は、リュンは……血の滲む努力をしても、鍛錬を積んでも、未だあんなことはできない。
…………だが!
――スヨンの顔に、覚悟の表情が浮かぶ。
後ずさりから一転、前に大きく踏み込み――右手に握る剣を、オウカめがけて突き出す!
――スヨンの顔に、諦めた様な表情が浮かぶ。
右手に握る剣の先には誰もおらず、自分の左側に オウカの姿があったからだ。
スヨンは、オウカに視線を合わせる。達観した視線を送る。
-ヒュアッ-
激痛を認識するより前に、スヨンは理解した。
自分は、ここで死ぬと。
――数瞬遅れて、右腕に激痛が走る。
スヨンの顔が、苦痛に歪む。
「……がっ……は……ああああっ……!」
剣を握る右腕が、宙に浮いている。
スヨンの胴体の、さっきまで右腕があった箇所から、大量の血が放出される。
痛い。
痛い。
痛い!
「スヨン!!」
横たわったまま自分を案じるリュンの声が、激痛を知らせる脳内の電気信号を搔き分け――スヨンに認識される。
スヨンは激痛に悶えながらも、前進してくるオウカと再び距離をとろうと再び後ずさりをする。
そしてスヨンは――リュンに視線を合わせて、優しく微笑んだ。
「スヨン……」
その微笑みの意味を理解したリュンの両目から、大粒の涙がこぼれた。
スヨンは、真っすぐにオウカを見据える。
「――お前は、テソンには勝てない」
オウカは、ぴたっ、と静止。
前進を中断した。
スヨンは続ける。
「お前も、天才の範疇には入るだろう。
厳然たる先天的資質に恵まれたうえで、努力する後天的資質や環境にも恵まれているからだ。
だがテソンは、数多の天才と呼ばれる者達の中でも……群を抜いている」
――スヨンの顔に、魔性の笑みが浮かぶ。
「お前はテソンに、絶対に勝てない」
……オウカは、至極 冷徹な表情で、再び前進を始める。
スヨンとの距離を縮めていくオウカ。
その視界に、司令部からの指令が表示される。
[〈緊急〉速やかに軍用車に乗車のうえ、統合防衛司令部 方面に急行せよ]
マップには、最寄りの軍用車の位置が表示されている。
”とっとと、終わらせるか”
――スヨンの顔に、達観した表情が浮かぶ。
オウカは右腕に握る日ノ国刀を、上段に構えた。
そして、右腕を振り降ろす。
愛する者が、目の前で殺されようとしている。
嫌だ。
嫌だ。
絶対に嫌だ!
横たわっていたリュンは、激痛に悶えながらも立ち上がろうとするが……間に合わない!
――リュンは大きく息を吸い込み……ありったけの声量を発する。
「やめろ……やめてくれぇ!!」
リュンの叫び声が、空しく響いた。

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