「――オウカ!無事だったんだね」
エレナは、雑居ビルの入り口に身を隠しているオウカの姿を確認――駆け寄る。
「ああ。すまない。
脚を負傷して、まともに歩けなかったから、身を隠していた」
エレナは怪訝な表情で、オウカの脚に目をやった。
「もう十分に回復した――行こうか」
オウカは、エレナと会話しながら、リーファからの命令を思い出していた。
……国衛隊に潜入しているシーナ国の他のスパイは、かなりの人数が存在する。
この戦争に参加して、お互い誰か知らないまま――シーナ国から裏の任務を与えられているのだろう。
私と、同じように。
――7分後。
オウカとエレナは、指示された集合場所へと向かっていた。
――少し開けた場所。
戦争状態でない平常時ならば、多くの自動車が行き交う大通りの十字路。
そこに、頭上に緑マーカーが表示された20名程の者たちが、待機していた。
この戦争に参加している国衛隊員たちだ。
それぞれが、刀剣類などの武器を携えている。
「お疲れ様です×2」
オウカとエレナは、挨拶をする。
待機していた国衛隊員たちも、挨拶を返す。
年齢は、オウカとエレナと同年代の10代後半から30歳くらいの男女……といったところか。
オウカとエレナとは、初対面の者達ばかりだ。
尖閣諸島・魚釣島での任務に参加した者達も、この場にはいない。
「あ! こんにちは。いま 指示が無いので、とりあえず待機してます」
オウカとエレナへの情報共有が不十分と見て、少し離れた所にいた少年が、近づいてきた。
中肉中背。
顔はイケメンの部類。
身長はオウカとエレナより、少しだけ高い。
物腰や声のトーンから、柔らかさを感じる。
とても気が利く人だな……とオウカは思った。
「……ありがとうございます」
「はい!僕はセツキと申します。手間とらせてすみません」
その少年は そう言って、再び先程の場所へと戻っていく。
いかにもお人好しな、その17歳の侍は――2本の太刀を腰に携えていた。
――――13日前。
尖閣諸島・魚釣島での、失態。
多数の同胞たちを戦死させておきながら、敗北――撤退することになった。
あの戦いで勝利したならば、日ノ国本土への侵攻計画も、より効率的に進めることができていた筈だ。
私は、右腕を――失った。
斬り飛ばされたのだ。
日ノ国の卑怯なる部隊長・マキという女に!
……だが、その女も、もうこの世にはいない。
……魚釣島での戦闘終了後。
帰還してほどなく ”日ノ国本土への侵攻” を聞かされた。
恐らく、すべての戦略が 予め計画されていたのだろう。
総統の、崇高なる思想のもとに。
テソンもミョンヒも、それを聞かされていた筈だ。
テソンが中心となり、ミョンヒが補佐をして……本土侵攻の戦略と戦術を考案しているのだから。
そして、私は、ヨハンは――それは聞かされていなかった。
――恥を知れ!
それは、私が……予め聞かされるに値しない人間だからだ。
なんという能力不足。なんという努力不足。
だが、それは正しかった。
私の、魚釣島での体たらくが、なによりの証拠だ。
――だが、私はこの戦争に参加できている。
そして、戦争における戦術は、聞かされている。
なんという慈悲!なんという光栄!!
……私は、右腕を失っている。
右腕の縫合手術はした。抜糸も済んでいる。
だが、まだ腕をまともに動かせるような状態ではない。
本来、手術後 数か月をかけて、少しずつ運動能力を取り戻していくものだ。
だが、本土侵攻はわずか13日後に行われる……と知った。
……したがって、右腕を失っているに等しい。
戦えるだけの運動能力が、右腕に戻っていないのだから。
敵兵の尾行に徹するにしても、右腕がまともに動かないなら、尾行能力も下がる。
草木に右腕が引っかかり、草木と擦れ合う音を立ててしまう事もあるだろう。
つまり私は、以前より能力は下がった。
確実に失った。
――なら、代わりに得たモノは何だ?得なければならないモノは何だ!?
ヨハンは、揺れる軍用車の中、静かに座っている。
他の部下たちは、ヨハンの心境を察しつつも、どのように声をかけるべきか……二の足を踏んでいる。
ヨハンは、自問自答を続ける。
――私は、気づいた。
私の成すべきことに。
そして、それを実行できる喜びに。
ふと、腰に携えた龍泉剣に目を落とした。
北夕鮮の為に、総統の為に、戦場で散った――祖父の形見。
懸命に戦った、祖父の愛国心。
志半ばで散った、祖父の無念。
幼少から始まり 散る数日前まで、自分に武術を教えてくれた、祖父との師弟関係。
”あなたの魂は、私が受け継ぎます。たとえ この身が滅ぼうとも”
――ヨハンの顔に、覚悟の表情が浮かんだ。
――――忍者族ハツメは、胸騒ぎを感じていた。
北夕鮮軍の軍用車・軍用機の大多数が東京港・名古屋港に向かっている。
それを迎撃すべく、国衛隊の軍用車・軍用機も同じく東京港・名古屋港に向かっている。
司令部の指示のもとに。
だが、なにかが……おかしい。
東京港・名古屋港に向かっているのは、既に北夕鮮軍の兵士を降ろした車両だ。
もちろん、”まだ、北夕鮮軍の兵士が乗っている” という前提の元、国衛隊も東京港・名古屋港で迎撃態勢を整えようとしている。
しかし、その前提が……間違っていたら?ブラフだったら?
存在しない北夕鮮軍の戦力を迎撃するため、国衛隊の貴重な戦力を分散させられているとしたら?
…………『罠』だったとしたら?
「……東京港・名古屋港以外に――北夕鮮軍の車両が多数 向かっている要所はあるか?」
ハツメが発した言葉。
それは、Wi-Fiマイコンが認識・文章化して、司令部へ送信される。
――10秒経過。
司令部からの応答は、ない。
――20秒経過。
司令部からの応答は、ない。
……もどかしい!
1秒でも早く、判断を下さなければならないのに!
――27秒経過。
[統合防衛司令庁へ向かう車両も、多数確認される]
司令部からの応答に対し、ハツメは間髪入れずに質問を重ねる。
「それらの車両から、兵士たちが降ろされた事実は――確認されているか?」
その質問への応答が来るまでのわずかな時間、ハツメは思考を巡らせていた。
”統合防衛司令庁――日ノ国の防衛の要――既にミョンヒ指揮のもと侵攻している――――その他の主力戦力は未だ姿を現さない――総戦力で劣る北夕鮮軍――私が相手の立場なら――選択と集中――――――――”
――ハツメが重ねた質問から、8秒が経過。
司令部からの応答。
[こちらが監視できた範囲においては、確認されていない]
――ハツメは、強い確信のもと、言葉を絞り出した。
「東京港・名古屋港への侵攻は……恐らくブラフ」
司令部は、統合防衛司令庁の中に存在する。
つまり、そこを落とされたら、国衛隊の指令系統が奪われる。
それ即ち――
「敵の本当の狙いは――統合防衛司令庁への一点突破だ」
――――オウカとエレナを含む、20余名の国衛隊員。
指示された場所で迎撃態勢を整えている。
無言。
お互いが、初対面の者が多いのだから、当然と言えば当然だ。
オウカにとっては、エレナ以外は全員初対面。
場の空気を持たせる為に中身の薄い会話をする……というのは、オウカは大の苦手だ。
なので、むしろ 無言状態の方が好都合ではある。
「……君、同じ基地で見たことある」
誰かが、会話を切り出した。
オウカは、そちらの方に視線を移す。横目でチラ見する。
マッシュヘアの少年が、先程オウカとエレナに状況を伝えてくれた少年セツキに話しかけている。
「――あ!……選択教練の武芸十八般・薙刀術で お見掛けしたことが!!」
「そうだね。敵兵が刺突重視の長柄武器を使ってきた際の対処スキルを磨く為に、まずは自分がその扱いを知る必要がある。だから薙刀術も学んでる」
「いや~、奇遇ですねえ。ここでお会いしたのも!考え方もっ!!」
「君、侍族? 連絡先教えてよ。俺の名前はカイ。侍族に興味がある。
あ、柚子キャンディいる?」
「柚子……苦手です。すみません!お気持ちありがとうございます!
あ……はい!侍族です!」
……緊張感がないのか。
それとも、緊張感に飲まれそうな自分を守るために、呑気な会話をしているのか。
どっちでもいい。私には関係ない。
オウカは、興味なさげに前方に視線を移した。
――オウカの視界に、それは姿を現した。
200メートル以上前方に見えるビルの曲がり角から、困惑した表情の3人組の姿。
それぞれが、背中にリュックを背負い、右手で大きなスーツケースを引いている。
見たところ、父親と母親と娘だろうか。
恐らく、国内観光をしている家族。
北夕鮮による日ノ国本土侵攻の意志表明を、知らなかったのか?
動画サイトやネットニュースを見るヒマもない、忙しい日々を送っているのかもしれない。
両親は共働きで、娘は受験戦争で忙しいのかもしれない。
そんな中、気分転換のために短期間の国内旅行を計画。
しかし、いざ旅行してみたら、戦争の真っただ中。
民間人は攻撃されない……というルールではあるが……。
……同情するよ。少しだけ。
――父と母と娘。
”家族”
オウカは、少しばかり 幼少期を追憶した。
父と母、そしてオウカ自身が――毎日幸せに暮らしていた、あの頃を思い出していた。
「……あれ?セツキくんの頭上の緑マーカーが……表示がおかしいよ?」
先程から話していた少年の1人であるカイが、ふと つぶやいた。
オウカは数瞬遅れて、エレナの頭上へと視線を移した。
「…………――――!?」
おかしい。
緑マーカーが、半透明で太く短い緑マーカーの形が……変形している?
いや、形だけじゃない!
ぐにゃぐにゃに変形したマーカーの色が、黄色や茶色に……変色している!
突如、先程の観光客らしき家族が、動いた。
父らしき男、母らしき女、娘らしき少女が――スーツケースを手放し、リュックを放り出し――走り出したのだ!
――オウカは、混乱しつつも迎撃態勢を……
……はあぁ?
その身のこなしたるや、鈍重。
ぜえぜえ、と息切れしている。
武術の類の心得など、皆無に見える。
弱く見せて、油断させる戦術……?
いや、そもそも、こちらに向かってくるのではなく、こちらから遠ざかっていく――逃走?離脱??
訳がわからない。意図がわからない。
――オウカは、視認した。
ここにいる国衛隊員たちと同じくらいの人数が、10名ほどの集団が――建物の陰から現れたことを。
ほぼ同時に、他の国衛隊員たちも、それを視認した。
その頭上には、ぐにゃぐにゃに変形し、黄色や茶色に 変色しているマーカーが表示されている。
武器を、携えている。
そして、こちらに向かって早足で近づいてくる!
「……お疲れ様です。視界に表示されてるマーカーがおかしいんですが、原因をご存知でしょうか?」
10名ほどの集団の先頭を歩いている男が、困惑した表情で質問した。
それに対し、ここに集まっていた国衛隊員たち20名は……無言。
この20名は、指示された集合場所に集まっているだけで、お互い ほぼ面識の無い者同士だ。
主従関係もなにもない。
”え、俺が代表者みたいになるの、嫌だ” という顔をする国衛隊員達。
オウカは、とうぜん率先して話すタイプではないので、無言。
エレナも、無言。
「あ、あの……」
返答がなく、さらに困惑した表情を浮かべる男
耐えかねたセツキが、口を開いた。
「あ、はい!いま急に マーカーがの形がメチャクチャになって変色して、意味を成さなくなっています!」
「そうなんですね!こちらも同じです。このまま戦争が中止される……というメッセージは、そちらには、もう届いてますか?」
「いえ届いてません!電波障害で、連絡手段も断絶されているんでしょうか?」
……何が起こっている?
事態が、よくわからない。
国衛隊員たちに、困惑が広がっていく。
ふと、察知した。
他の方角の建物の陰から、10名ほどが、こちらに向かって近づいてきていることを。
「後方から、何者かが接近しています」
オウカの言葉を受けて、国衛隊員たちの大多数が、そちらの方角に目をやった。
――建物の陰から、その10名ほどが……いや10名弱の人間が姿を現した。
その頭上には、変形・変色したマーカー。
その先頭の恰幅の良い男が、口を開く。
「……お疲れ様です!電波障害でメッセージが送受信不能なので、口頭での伝令を伝えに回っています!」
……………………!?
何故だ。
2名の人間が、建物の陰で──こちらの死角で、待機しているのは……何故だ?
――この10名弱は……敵か?
オウカとエレナは、確信を持てないまま 左腰の日ノ国刀に左手を伸ばす。
そして、左手の親指で鍔を押し出した。
いつでも抜刀できる体勢を、静かに整えた。

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