I-State -侵略国家- 第13話「希望殲滅」

 

混乱が、日ノ国を覆っていく。

それは、東京から始まり、そして全国へと広がっている。

全国の港で、物流の要所で――不可解なトラブルが続出。

管理システムの異常。
伝票と品物の不一致。
コンテナの誤配置。
搬送機器の不具合。
配送トラックは待機の列。
労働者同士の責任転嫁と対立。

物資の搬出効率が、大幅に低下。

物流インフラが、悪化していく。

国内の物資が、不足状態に陥ろうとしている。

栄養が行き渡らねば、人体が死ぬ様に、
物資が行き渡らねば、国家は破滅に向かうのだ。

 

 

――――竹が、覆い隠すように四方を囲う。

その中に、静寂に包まれた空間。

そこには、静寂に包まれた蕎麦屋。

その中に、オウカの姿があった。

「……という状況です。

そして、”物流のトラブルは、労働者として生活する外国人スパイによる破壊工作” という説が、国衛隊内で有力視されていて――」

 

長い髪を後ろで束ねた20代半ばの女性は、この蕎麦屋の店主――として日ノ国に潜入しているシーナ国の女戦士メイフェイ。

オウカの ”報告”に、静かに耳を傾けている。

 

──尖閣諸島 魚釣島で戦った後、石垣島駐屯地での治療を受け、この街に帰還した日。

オウカは すでに報告に訪れてはいた。

そして今、北夕鮮との全面戦争を控えた国衛隊内部の情報について、オウカが知りえる範囲の情報を報告しているのだ。

「――了解」

報告を受けたメイフェイは、静かに応える。

 

メイフェイの表情は、いつも通り冷静沈着。

当然メイフェイには、シーナ国からの情報も……オウカの知らない情報も、入っているだろう。

だが、当然ながら、オウカにはその大部分が知らされない。

知らせる必要が、無いから。
知らせるリスクが、有るから。

スパイとバレて、口を割らされる恐れ……というリスクだけではない。

必要とあらば、オウカが自らの意思で祖国・シーナ国を裏切るリスクもあるからだ。

 

オウカがスパイとしてシーナ国に資する行動をしているのは愛国心ゆえでは……ない!

父親への復讐――の為だ。

オウカは、愛国者ではない。

オウカは──復讐者なのだ。

 

 

――――次の日。

沖縄唐手の選択教練を受けているオウカ。

その鍛錬中、オウカは視線を感じていた。

その視線は、鍛錬場の外からオウカに向けられたものであり、それを隠すつもりもないようだ。

オウカは、視線が放たれている方に、ふと眼を移す。

視線の主は――20代半ばの、派手なメイクの女性。

明らかに、オウカに用があるようだった。

 

――選択教練が、終了。

先程感じた視線の主が、オウカに近づいてくる。

「君が、オウカか?」

視線の主が、オウカに話しかけた。

 

20代半ばの、いかにもギャルって感じの女性。

茶髪に赤のメッシュが入ったセミロングヘア。

両耳には、これまた派手なピアスが存在感を放っている。

 

「……はい。あなたは?」

返答しつつも、オウカは――大体の予想がついていた。

「殉職したマキの同期だ」

予想通りだった。

「魚釣島で、マキが部隊長として、どのように……職務を全うしたのか、聞かせてくれ」

予想通りだった。

「――もちろん、訓練が終了したばかりで疲れているだろう。
だから、明日以降そちらの都合の良い日時に聞かせてほしい。
こちらの都合で、君の時間を使わせて……すまないが」

「私も――マキ部隊長がどんな信念で国衛隊にいたのか――知りたいです。
教えてください。
――今、ここで」

「…………ありがとう。
申し遅れた。
――私の名は、ラキという」

 

この後、エレナとの用事がある。

しかし、エレナは、距離が離れた鍛錬場での選択教練を受けている。

また、外部講師を招いて行われるので、鍛錬に必要な武具も外部講師の持ち込み。

なので教練終了後は、それらを入念に手入れしなくてはならない。

したがって、エレナは待ち合わせ場所に数十分遅れる。

この上官と話す時間は――充分にある。

 

オウカは、ラキに魚釣島での戦いの詳細を話した。

マキが部隊長として、どのように戦いを指揮したのか。何を話したのか。

――そして、オウカはラキから、マキ部隊長の昔の話を聞いた。

 

「――マキは、最期まで使命を全うしたんだな。
……君から、話を聞けてよかった」

「いえ……」

「借りができた」

「いえ……気にしないでください」

「いや、気にする」

「……あ……えっと……その……」

「私は、君の直属の上官ではない。
なのに、国衛隊内での立場が上という事実を、自分のエゴに利用した。
君に――嫌な記憶を思い出させてしまった」

「…………」

「――マキの最期を、知れてよかった」

ラキの表情は平静を装っていたが、その内面には――復讐心。

そして、それが巨大化していくのを、オウカは感じ取っていた。

ラキもまた――復讐者となるのだろう。

 

オウカは、ラキの後ろ姿を見送る。

ふと、オウカは――自分の任務を忘れているのでは?……と思った。

シーナ国のスパイとしての任務を。

私は……上官たちが知りえる国衛隊の内部情報を、可能な限りラキから聞き出すべきだったのでは?

 

…………いや。

私は、スパイとしての任務を、遂行している。

上官に恩を売っておけば、何かと都合が良いだろう。

例えば、スパイの被疑者になってしまった時に、擁護してもらえる確率も上がる。

――私は、スパイとしての任務を、断じて忘れてなどいない!

 

明日は、国衛隊の訓練は休みだ。

――オウカは、自分の肉体をかなり追い込んでいた。

ほぼ毎日、国衛隊の訓練の前、早朝に――数時間の自主練をしていたからだ。

そして、魚釣島で戦い、石垣島での治療から帰還した後は――その自主練の強度・密度が、確実に増していた。

とうぜん、肉体にも疲労が溜まる。

少しばかり、いや、たっぷり休息が必要だ。

――次の戦いに、備えて。

 

「オウカ~」

ふと、聞きなれた声がオウカの耳に飛び込んできた。

すでに、エレナは待ち合わせ場所に来ていた。

「そっちの選択教練、時間が押してたの?」

「ああ、すまない。急に野暮用が入って」

”マキ部隊長の最期を、上官に話していた” とは、言わなかった。

心を、精神を、休ませる時間も必要だった。

 

――スパイとしての任務を忘れて、年相応の女の子の様に……遊ぶ時間が、欲しかった──

「じゃあ、街に遊びに行こうか」

エレナが、オウカにいつも通りの屈託のない笑顔を向ける。

オウカは、緊張の糸がほぐれたように、ふっ、と微笑んだ。

 

 

――――侍族が所有する敷地。

広大な敷地内の中央には、大きな鍛錬場。

その敷地の端に、小さな通路がある。

その奥に、小さな茶室が静かにたたずむ。

茶室の中は、日ノ国の伝統と格式が体現されており、心地よい静寂に包まれている。

 

2人の女性がいる。

その内の1人は、忍者族のハツメだ。

ハツメは正座をして、もう1人の女性を真っすぐに見据えている。

ハツメの視線の先。

 

――そこには、日ノ国古来の和服を纏う女性。

凛として、美しい顔立ち。

その風貌は、古風でありつつも、高い気品を湛えている。

その前髪は、顔に薄い影を落としている。

その後ろ髪は、襟足の少し上で緩くまとめられている。

そして、どこか妖艶な……ミステリアスさをも、纏っている。

 

実年齢は、40歳前後。

なのに、年齢をまったく感じさせない、若々しい姿。

お茶を入れる所作ひとつひとつが、柔らかく、たおやかであり、優美さを感じさせる。

”京美人” という言葉を、体現したような女性だ。

 

ハツメは、ゆっくりと口を開く。

「――久しぶりですね。
こうして、ゆっくり話すのは」

「ハツメさん。
よく、来てくれました」

和服の女性が、澄んだ声で応えた。

柔らかな物腰でありながら、どこか悲哀を含んでいる。

落ち着きつつも、どこか力強い。

「敬語はやめてください。
あなたの事情は、忍者族の上層部も承知しています」

「…………気を遣わせたわね」

「国衛隊上層部から、戦略の大枠の指示は、既に伝わっていますよね」

「ええ」

「今日は、北夕鮮との全面戦争において、テソンをどのように迎え撃つか――具体的な戦術を伝えに来ました」

和服の女性が纏う空気が、ぴん、と 張りつめた。

 

――張りつめた茶室の中で、ハツメは言葉を続けていた。

「――その成功確率を上げるために、数年前あなたが生け捕りにした、”忍者族の大犯罪者” を利用します」

「……適任ね」

「こちらから命令する前に、自ら志願してきました」

「彼の趣味嗜好は理解しているつもりだけど、相変わらず全く共感できない……異常者」

和服の女性が纏う空気が――更に、張りつめた。

「共に、日ノ国を護りましょう……ハツメ」

「――はい。サキョウさん」

「――テソンは、私が殺す」

 

 

――――独裁国家・北夕鮮。

シーナ国と国境を接する小国。

血族による ”絶対支配”
総統を神格視させる ”思想教育”
国民同士の ”相互監視”

結果、恐怖政治により夕鮮労働党が 支持率100%を実現。

 

――世界最悪の独裁国家。

その軍事力――北夕鮮軍。

その鍛錬場に、20代女性がいる。

北夕鮮軍の女兵士・ミョンヒだ。

鍛錬をしている。

女性の動きに合わせて、金髪のロングヘアが踊る。

 

――夕鮮半島に古くから伝わる伝統舞踊・”剣舞コンム

舞踊として受け継がれてはいるが、その源流は暗殺術だ。

両刃の短剣を握り、体を激しく回転させる。

美しく舞うかのように、2本の短刀を操る。

……ふと、その動きが静止した。

 

――精神を統一。

4つの人形が、並べられている。

その中央に、ミョンヒが立つ。

戦闘時における最悪に近い状況を、4人の敵に至近距離で囲まれた状況を――想定している。

空気が、張りつめる。

 

-フアッ-

空気が、踊った。

4体の人形が、踊った。

1体目の人形――頭部が、踊った。
2体目の人形――右腕が、踊った。
3体目の人形――左脚が、踊った。
4体目の人形――頭部が、踊った。

常人ならば……ミョンヒと4体の人形が、同時に、踊った様に見えるだろう。

それくらいの速度で、2本の短剣による剣撃が繰り出されたのだ。

ミョンヒは、再び静止した。

数瞬遅れて──4体の人形と、その各部位が、地面に叩きつけられる音が……鍛錬場に響きわたる。

 

「――鍛錬中、失礼致します」

ミョンヒと4体の人形による舞踊が終わったタイミングで、背後から男が現れて声をかけた。

「――ありがとう。一区切り付くのを、待ってくれて」

「……はっ。報告いたします!」

「来週には、日ノ国本土への侵攻を実行するとの通達です」

ミョンヒの表情は、変わらない。

「また、共闘関係にあるシーナ国からの情報では――日ノ国は、サキョウをテソン殿にぶつけようとしている……との事です」

ミョンヒの表情は、変わらない。

「そして、シーナ国は――尖閣諸島の時と同様に、戦力貸与の協力を継続する…とのことです。」

ミョンヒの表情は、変わらない。

 

「―― ”裏切り者” の動向は?」

「北夕鮮の日ノ国本土侵攻の宣言が、世界に報じられた後も――目立った動きはありません。」

「了解」

 

ミョンヒの表情は、変わらない。

「本土侵攻時、テソンが途中まで指揮する。
機を見計らって、テソンも直接戦闘に参加する」

 

――テソンの成長は、信じられないほどの速度だ。

新兵として入隊して2年後……つまり半年前、私よりも強くなった。

戦闘力も、頭脳も、人格も、思想も――尊敬に値する。

 

──ミョンヒは、輝かしい将来を見据え、晴れやかな表情を浮かべた。

「テソンは、北夕鮮の―――― “覇権国への希望” そのものだ」

 

 

――――白い髪。

雪のように、白い髪。

 

……その主が座っている。

端正な顔は、冷静な表情を浮かべている。

椅子に座る姿に、隙がない。

その動きに、無駄がない。

いついかなる時でも起こりえる、不測の事態――に対処することを前提とした、常在戦場の精神が感じられる。

 

ここは、とある広い一室だ。

その床に敷かれた、赤いカーペットが、高級感を演出している。

室内の一角には、インテリアだろうか。

長い一本の竹が、置かれている。

室内の対角線上には、鞘に収まった一振りの刀が置かれている。

 

その男は――北夕鮮軍に入隊後、2年しか経過していない。

なのに、広い個室を与えられている。

入隊後数か月で、新兵には異例中の異例といえる、個室が与えられたのだ。

その男の、極めて高い能力を評価して。
その男の、極めて高い潜在能力を期待して。

 

その男は、椅子に座りながら、分厚い文献のページをめくっている。

大きな机の上には、大量の文献が積まれている。

兵法
地政学
法律・国際法・外交史
インフラ学
心理学
帝王学
生物学
医学
宗教・神話・民族史
経済・金融・資源
マーケティング学
統計・数学・ゲーム理論

……など、多種多様な分野の文献だ。

これらの分野の北夕鮮発行の書物は――幼少期に既に読んだ。

机に積まれているのは、日ノ国の出版社が発行した、これらの分野の書物だ。

それを、速読している。

時々、ページをめくる手が止まり、熟考する。

ノートパソコンに、気付きやアイデアを打ち込み、記録する。

そして再び、ページをめくり始める──

 

――男は、椅子から立ち上がっていた。

その動きは、極めて柔らかく、常人ならば、立ち上がる瞬間を察知できなかっただろう。

自然体で立っている。

 

……精神を統一。

 

ぴぃん、と部屋全体に 男の意識が張り巡らされていく。

部屋全体が、男の身体の一部になってしまったかの様だ。

まだ小柄なのに、巨大な山の様な存在感と安定感。

まだ幼さが残る顔の造形……とはあまりに不釣り合いな、老練・熟達・達観した表情。

 

……目を閉じた。

 

――彼の名は、テソン。

赤ん坊の頃から神童と呼ばれ、その才能を伸ばす環境にも恵まれ――そして、”北夕鮮軍を覇権国にする” という使命を得る。

その使命を達成する為、北夕鮮軍に入隊。

その後、1年間で、 ”北夕鮮軍の天才” と言われるミョンヒと、同格視されるほどの戦闘能力を持つ兵士に成長した。

その半年後、ミョンヒを超える戦闘能力を身に着けた。

 

……目を閉じたまま、微動だにしない。

 

そして現在は、北夕鮮軍を率いる実質的なトップ。

ありとあらゆる文献を読み、咀嚼し、そして軍事戦略に活かす。

現在も、到底信じられない速度で、成長しつづけている。

 

……目を開けた。

部下が持ち帰った、”戦利品” である刀に手を伸ばす。

鞘から抜く。

美しい波紋に彩られた、刀身が姿を現す。

部屋の一角に立ててある、長い一本の竹の前へと歩を進める。

立ち止まる。

 

……静寂――

―――――――――――――

――刀が、鞘に収まっていた。

 

竹が、ずずず、と斜めにズレていく。

三か所が、ずずず×3と、斜めにズレていく。

3つの斬撃の後、重力を忘れていたかのように数瞬遅れて、切断された竹が重力に引っ張られていく。

そして、竹の残骸は床で跳ねた。

 

……刀を、元の場所に置く。

部屋の中央へと歩を進める。

 

……跪く。

胸の前で、両手の指を組み合わせる。

──神に祈る様に。

 

……天を仰ぐ。

“偉大なる指導者よ”

“自分など、貴方の足元にも及ばない”

“どうか我々を、お導き下さい”

命よりも大切な宝物を収めた箱を開ける様に、大事に大事に──その言葉を紡ぐ。

 

彼の名は、テソン。

”北夕鮮史上・最高の天才” と謳われる、生ける伝説。

その伝説は、世界にも轟いており――各国の軍から危険視されている。

 

……その言葉は、

北夕鮮の、絶対正義。

彼の世界の、第一原理。

「すべては、総統の為に」

 

――彼の名は、テソン。

15歳の少年が抱くのは――あまりにも、純粋な思想。

 

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