北夕鮮の軍用車と軍用機の大多数が、二か所に向けて一斉に走り出した。
その二か所とは――東京港と名古屋港。
国際物流の要である これらを目指しているのだ。
つまり国際物流を支配して、日ノ国人を兵糧攻めにしようとしている――と推察される。
それを防ぐため情報課は、東京港・名古屋港に戦力を集め、迎撃する指示を出した。
――――その少年は、国衛隊員は、自ら志願した。
テソンが発見されたら、現場へ急行して、”尾行” する任務を。
成績は申し分なく優秀であったが、周りと関わろうとせず、話しかけられても最低限の返答しかしない。
その少年が自己主張しているところなど、見た者はいない
――なのに、その少年は自ら、強く志願した。
”テソンを尾行” という、危険極まりない任務を!
理由を問われると、一言「愛国心です」とだけ答えた。
――当初は、忍者がテソンを尾行する予定であった。
正直な話、隠密行動に長けた忍者であっても、テソンには察知されてしまう可能性が高い。極めて高い。
だが、察知されようと……そして、殺されようと。
しばらくの時間、居場所を捕捉し続けられるなら、それでよい。
殺されたら、テソンの進行方向に控えていた次の者が、尾行を引き継げばよい。
――サキョウが到着するまでの時間、居場所を捕捉すればよい。
それが、国衛隊上層部の判断だ。
――その少年は、この戦争において極めて重大な任務を負う。
”命に替えても、テソンを尾行する”
アキルは、故郷にいる家族を想い、危険極まりない任務へと挑む。
――――その男、拳法家。
拳撃の威力を上げる鉄甲と、相手の斬撃を防ぐ為の合金製の籠手を付けて、徒手格闘術のみを駆使する男。
武器術も習っているが――
それは ”対武器術” を磨くため。
そして、身体と武器を一体化して拡張する感覚を養って、徒手武術に活かす為。
日ノ国の拳法だけでなく、複数のシーナ拳法も会得している。
派手な髪色の短髪、気難しそうな表情。
地味で地道な鍛錬によって練り上げられた、屈強な肉体。
沖縄出身。父は、沖縄唐手の師範。
20歳という若さで沖縄唐手3段。
師範の息子だからではない。
実力によるモノだと、他の門下生たちも理解している。
精密で精妙な、身体操作と術理を有する。
国衛隊基地からの出発は、後発になった。
次々に軍用車に乗って出発していく他の隊員を見て、なんだか不安になっていたが、自分が乗る番になって、なんだか ほっとした。
そして、その男は、今 発電所へ向かっている。
北夕鮮軍による、発電所への侵攻を阻止するために
…………………ペアの男とは…………………はぐれた。
ふと、前に視線を移す。
身体の深奥まで届く、鋭い緊張感。
――赤マーカーを頭上に浮かべた2人の敵が、立っている。
その距離、目測30メートルといったところか。
刀剣類を持っている様には、見えない。
……だが、”暗器” を身体に仕込んでいると見るべきだ。
長袖に隠された前腕?
肘?
膝?
靴?
それとも、口の中?
必須教練の忍術で、暗器の扱いも習っている。
その隠し場所も。
まあ、どうぞ存分に使ってください。
そちらが暗器を俺の身体に到達させるより早く、俺の拳がそちらに到達しますので。
――じりじり、と 敵との距離が詰まる。
どんな位置取りをする?
どのタイミングで暗器を取り出す?
それとも、第三の敵が潜んでいる?
”ケンセイ”
父親がつけてくれた名前。
この名を誇りに、俺は――
――!!
何者かが、物凄い速さで接近してくる!
北夕鮮軍の……第三の敵!?
ケンセイは、そちらに視線を移し――
――その女性の雰囲気は、ゆるく、ふわっとしている。
その尋常でない移動速度を……その他もろもろを、除けば。
ゆるいウェーブの茶髪セミロングを、激しく振り乱している。
ふわっとした長いスカートは、空気抵抗で激しく暴れている。
表情だけは、ゆるく、ふわっとしている。
尋常でない移動速度のまま、ケンセイと北夕鮮軍2名を視認……
表情を変えず、そのまま双方のど真ん中を横切っていった。
――ほのかな香水の匂いが、余韻を残している。
”……………はあぁぁぁっっ!?”
緑マーカーも赤マーカーも表示されていない為、ケンセイも敵2名もどうすればよいかわからず……呆気に取られていた。
――数秒後、ケンセイと敵2名は、We Tubeの再生ボタンをタップしたかの様に、慌てながらも 再び動きだした。
――十数秒後。
”あ~。殴る蹴るは 爽快で、大好きなんだが……”
ケンセイの足元には、複数の暗器を散らかして――力なく横たわる敵2名。
赤マーカーは、消滅していた。
それを見下ろすケンセイは、気だるそうな表情だ。
”……トドメを刺す時。頚椎を捩じ切る感覚が……気が滅入るわ”
――両腕を、顔の前で十字に交差させる。
「コオオォォォ――」
両腕の十字を切りながら、息を吐いていく。
「カッ!」
最後の息を、出し切る。
古来より沖縄唐手に伝わる呼吸法 ”息吹” で、精神を整えたのだ。
”……まあ、仕事だから しゃーねーか”
――ケンセイは、眉間にシワを寄せながら、歩き出した。
――――オウカとエレナは、発電所に向けて走っている。
先程、3名の敵を倒した後、すぐに走り出したのだ。
司令部から指示された場所へと向かう為に。
このまま進めば、多数の国衛隊員たちと合流することになる。
そこで、北夕鮮軍兵士達を迎え撃つのだ。
――ふと、2人は足を止めた。
察知したからだ
背後からの……2名の敵の接近を!
厳密には、赤マーカーを確認するまでは、敵と断ずることはできないが……
その時、オウカとエレナに個別指示が下った。
[敵兵が2名、こちらに向かっている。至急撃破せよ]
どうやら、敵に間違いないようだ。
2人はその場で、くるり と身体を180度回した。
そして、迎撃態勢を取る。
数秒間の沈黙。
その数秒後、オウカとエレナは視認した。
数百メートル先に姿を現した2名と、その頭上の赤マーカーを!
敵は、女2名。
数瞬遅れて、敵2名も、オウカとエレナを視認した。
――そして、腰に携えた剣を抜き、速度を上げて……こちらへと進行してくる!
オウカとエレナは、その身のこなしを確認。
「オウカ、この2人……さっきの敵よりも」
「ああ……強いだろうな」
”強い” というのは、あくまで相対評価に過ぎない。
――今から迎撃する2名の敵は、先程の3名の敵に比べて。
そして、私の ”低く偽った実力” に比べても――強いだろう。
だが、本気を出せば――なんなく倒せる相手ではある。
(わざと弱く見せて、油断を誘うヤツもいるだろう。
……ああ、私のことか)
オウカとエレナは、日ノ国刀を抜く。
そして、敵2名を見据える。
敵2名は、止まらずに突っ込んでくる。
私たちを殺すのではなく、ここを突破することを第一に考えているのだろう。
……止められるのか?
”低く偽った実力” のままで!
-ギィン-
オウカは、上段の構えから繰り出された斬撃を、頭の上に水平に構えた日ノ国刀で防いだ。
(本気を出せば、斬撃を受けると共に前蹴り。
――いや、斬撃が繰り出されるよりも、早く速く踏み込み、突き蹴り投げ極め、が可能だったが)
-ギィン-
エレナは、オウカと同じ状況だ。
上段の構えから繰り出された斬撃を、頭の上に水平に構えた日ノ国刀で防いだ。
2名の敵は、一糸乱れぬ同じ動きをしている。同じ攻撃を繰り出してくる!
-カチャッ- -カチャッ-
敵2名の右足の靴、その爪先(つまさき)から、金属音と共に暗器――ギミックナイフが姿を現した。
敵2名の右足が同時に跳ね上がり、ギラッと光るナイフの先端が、オウカとエレナの喉元へと一直線に走る。
オウカとエレナは、それをギリギリで左に躱す。
同時に、右手に持った日ノ国刀を振る。
相手の身体を支えている――左脚の大腿筋をめがけて!
――瞬間。
敵2名の身体は……ぺたん、と地面に背中から落ちていた。
右脚が宙に浮いている状態で、敵の攻撃を躱せない状態――ならば、重力に引かれるまま、全身ごと下に躱す。
ギリギリで、本当にギリギリで、左脚への斬撃を躱したのだ。
そのまま敵2名は、自身から見て激しく左回転をして、オウカとエレナの攻撃圏内から脱すると共に、素早く立ち上がる。
――と、同時。
敵2名の敵は、お互い目配せもせず、同時に別々の方向へと走り出した。
凄まじい連携。
それを見て、オウカとエレナは目配せをしあい、それぞれの敵を追いかける。
……歯がゆい。
”低く偽った実力” を解除できれば、難なく倒せるのに!
――数十秒後、オウカは敵に追いついていた。
敵も、足を止めてオウカに向かいあう。
敵は、さほど息を切らしてはいないが……。
……先程の攻防で、一歩間違えれば 左脚への斬撃を受けていた。左脚を失っていた……という事実を認識して、強い緊張状態にある。
そのイメージを引きずった上で、オウカと相対している。
――オウカは、強い焦りを感じている。
エレナと別行動になってしまった。
こうしている間にも、エレナが敵に殺されているかもしれない。
一刻も早く――
――――――――――――!?
オウカは、左の方向を、明後日の方向を向いて、微動だにしない。
――敵は、女は……ブラフである可能性も考慮しながらも、自身から見て左へと身体を移動させる。
この銀髪の少女は……私が死角に入っても、微動だにしない。
――上段の構え。
北夕鮮軍に入隊して、双子の妹と共に磨き上げてきた剣技。
一卵性双生児なのに顔が似ておらず、したがって無理に個性を出そうとも思わず、自然体のまま妹と切磋琢磨してきた剣技。
そして、今日も妹とペアを組み、北夕鮮の為に振るってきた――最も得意とする剣技。
-ヒュアッ-
大きく踏み込み、全力で振り下ろし――敵を滅する!
…………………?
あれ?
自分の腕の先が、前腕が――無い。
あれれ?
世界が、ぐるぐると回転――
どっ、と北夕鮮軍女兵士の頭部と、力強く剣を握ったままの両腕の前腕が……地面で跳ねた。
――敵が知覚できない速度で、二度の斬撃を繰り出したオウカ――の視線の先。
3階建ての雑居ビルの入り口から、少し奥に入った場所。
周りからは、見えない死角。
そこに、女性が立っていた。
二十代前半。
ゆるいウェーブの茶髪セミロング。
ふわっとした、長いスカート。
緑マーカーも赤マーカーも、表示されていない。
女性は、右手で――手招きをしている。
オウカの全身に、緊張が走る。
女性の方に歩を進める。”命令” に従う。
「――あなたは、あそこに転がる北夕鮮の敵兵から、ローキックを受けた。
歩行も、ままならない。
やむなく、ここで数分間 身を隠して、脚を回復させた。
……いいわね!?」
「……はい。
……なぜ、私の居場所が?」
「あなたに、言う必要はないわ」
「……」
そう言いながら女は……小さく薄い金属部品を取り出した。
オウカは、動揺を隠せない。
「――それじゃあ、本題に入るわよ。オウカちゃん♪」
シーナ国軍におけるオウカの上官・リーファは、にこやかに微笑んだ。
「――これでよし、と」
小型チップ型の使い捨てWi-Fiマイコンを、オウカの靴のベロ(シュータン)の裏に取り付けたリーファ。
「この戦争が終わったら、速やかに剥がして排水溝にでも捨ててね。
ああ、あと戦死を確信した時もね」
国衛隊もスパイの存在に気付いているから、いつ身体検査があるかわからない。当然の指示だ。
……だが、オウカは、エレナの加勢に向かいたくて仕方がなかった。気が気でなかった。
次の瞬間、ARレンズを通した視界に表示された情報に、エレナと対峙していた赤シグナルが……消滅した。
つまり、エレナが敵を倒した……殺した。
リーファが、微笑みを崩さずに口を開く。
「あなたの相方、多分すぐこっちに向かってくるわね。
ここに到着するまで、数分……ってとこかしら」
リーファも、戦況情報を、どこからか得ているらしい。
国衛隊の中のスパイ?
又は、戦争への参加権利が無い者が、どこかから監視しているのか?
……その両方?
リーファは、続ける。
「この戦争には、シーナ国からも観光客や移民として、兵士を送り込んでるわ。
シャオルーとかは北夕鮮軍の兵士として戦闘参加権利を得てるけど、戦闘参加権利がない兵士もたくさん……ね」
「……………はい」
「目的は、テソン抹殺。
テソンは……危険すぎる。
テソンの居場所は、北夕鮮軍の一部の兵士だけに共有される。
シーナ国兵士たちには一切、共有されないの。
……だから、あなたがもしテソンに遭ったら教えてね。
それが、この戦争における、あなたの最重要任務」
「はい」
リーファは、微笑みはそのままに……どこか、オウカを圧するような雰囲気を纏った。
「あと、シャオルーも、あなたの演技を褒めてたわよ。
マキとかいう部隊長の首を目の前でハネられといて、とっさに涙を流す ”演技” をね。
日ノ国においては、女の涙を疑うことは――大罪だものね♡」
オウカの脳裏に、マキからの ”お前を、信頼する” の言葉。
そして、直後の シャオルーによるマキ襲撃の記憶が蘇った。
「……………………はい」
リーファは、続ける。
「ところで……友達は できたかしら?」
「?……はい。まあ……」
「……で。
その子の名前は?」
「…………”エレナ” です」
「ふーん、エレナちゃん……ね」
「………………私がペアを組んでいる相手……今こちらに向かってくる女の子です」
「沈黙が、長いわね。
何を考えているのかしら?」
「いえ……」
「私が、あなたの状況をどこまで知っているのか?
すべてを知った上で、知らないフリをして……あなたが正直に答えるか試しているのか?
……それを、判断しようとしてるのかしら?
そんなことを考えるより、常に正直でいるのが一番合理的よ。
シーナ国に対しては、ね」
そう言いながらリーファは、薄暗い雑居ビルの奥へと歩を進める。
「シーナ国は、崩壊が近づいている。シーナ国の未来のために、必ず日ノ国を侵略する」
振り返り、オウカに視線を合わせる。
「――シーナ国を、敵に回さないでね。大切な部下を殺したくない」
微笑みと共に、リーファの姿は 闇の中へと溶けていった。

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